一ノ瀬はるかルートー2
「一ノ瀬さん!」
さっき見送った彼女の家の前で。
俺は大きな声を出して彼女を呼んだ。
しかし反応はない。
玄関の鍵は……くそっ、閉まってる。
どこか、入れそうなところはないか。
もし、ゲームの通り犯人がすでに中にいたならば、施錠された家に侵入した経路があるはず。
俺はそれを探した。
しかしどこにもない。
こうしている間にも、一ノ瀬さんが酷い目に遭わされてる可能性があるってのに、俺は何をもたもたしているんだ。
……こうなったら力ずくだ。
そこの窓をぶち破ってやる。
勘違いで警察送りにされたらされた時だ。
あの頃とは違う。
無意味に学校のガラスを割ってたあの頃とは……。
「でえーい!」
庭から見える大きなガラス窓を拳で貫く。
ばきゃっと大きな音を立てながら、ガラス窓は粉々に散る。
「一ノ瀬さん!」
そのまま中へ。
もしこれが勘違いなら、器物損害に不法侵入まで。
でも、そんなことより今は……。
「……!」
俺が入ったのはリビング。
そしてその隣の部屋から、かすかにだが一ノ瀬さんの声がした。
急いで声のする方へ行くと、そこには箒を構える一ノ瀬さんと、小汚い格好の中年男がいた。
「ん、なんだお前。どうやって入ったんだ」
「そんなことよりその子から離れろ。警察呼ぶぞ」
「やめねえ。俺はずっとこの子が好きだったんだ。なのに見向きもしねえどころか俺を売りやがった。俺はただ見てるだけでよかったのによ。こいつが悪いんだ」
完全に論理が破綻している。
まあ、ストーカーに理路整然とした動機を求める方が無茶な話か。
それに、こいつがクズでよかった。
「心置きなく、やれるな」
「あ? 容赦しねえぞ。まずはお前をぶっ殺してからこの子……どぶぁっ!」
なんか講釈垂れていたのでぶん殴ってやった。
壁に叩きつけられた男は、そのまま失神。
そして一ノ瀬さんの方へ駆け寄る。
「だ、大丈夫?」
「……龍崎くん、どうして」
「いや、なんとなく嫌な予感がして。何もされてない?」
「う、うん。服がちょっと、破れたくらいで」
引っ張られたのか、シャツの肩口が裂けていた。
肌があらわになっていて、俺は目をそらしたあと、その辺にあったタオルケットを彼女にかける。
「……でも、なんともなくてよかった」
「龍崎君が来てなかったら私……どうなってたか。本当にありがとうございます」
「いや、無事が一番だから。さて、警察に電話しよう」
完全にのびている犯人を見ながら警察に電話をかける。
ほどなくパトカーが二台到着して。
気絶したままの犯人は連行された。
もちろん俺と一ノ瀬さんも、もう一台のパトカーに乗せられて。
取り調べを受けることになった。
◇
「はあ……長かった」
警察から解放されて家に送り届けられた時にはもう、辺りはすっかり真っ暗になっていた。
まず聞かれたのは、どうして犯人が中にいるとわかったような行動をとったのかについて。
一ノ瀬さんが襲われていた部屋からは、外に声がほとんど届かないということもあって、どうやって異変に気付いたのかをしつこく聞かれた。
ストーカー被害を相談されていたから気になって、さらに返事もないからおかしいと思って窓をぶち破ったのだと説明すると、応答がないからといって窓ガラスをぶち破って侵入するなんてどういうつもりだと、説教されてしまった。
結果オーライでしかないと。
もし、事件が起こっていなかったらそれこそ逮捕されるのは君だったと。
何度も何度も説教されて。
お手柄なんてものとは程遠い感じで、やがて取り調べが終わって家に送り返されて今に至る。
「……でも、これでゲームの方は進んだ、のか?」
ベッドに寝そべって、そのまま寝ようかとも考えたけど。
今日の反省を活かして、とりあえずゲームを起動する。
一ノ瀬さんのシナリオを見なくても、一ノ瀬さんは俺のところにやってきた。
そしてイベントは現実世界で勝手に起こり、危うく大惨事になるところだった。
もし明日、新しいヒロインが俺のところにやってきて、また変な事件が起こるというのなら。
先にゲームで予習しておくしかない。
「……まだはるかさんしか選べない、のか」
もう一度、一ノ瀬さんによく似たキャラ、はるかを選択。
そしてストーリーを進めていくと、さっきと似たような選択肢が現れた。
しかしなぜか一個追加されてる。
▶︎ このまま、一緒に家に戻る。
▶︎ 見送って、帰る
▶︎ 玄関先で襲う
……なんでちょいちょいヤバめの選択肢混ぜてくるんだこのゲームは。
製作者の性癖だろうけど、にしてもいきなり襲うって攻略法として合ってるのか?
まあ、本来ならあの場面で一緒に家の中にまでついて行ってあげるのが正解だったのだろう。
このまま、一緒に家に帰る、と。
しかし、一番上の選択肢を押した瞬間、画面が暗くなる。
そしてお決まりの白い文字が。
『家に入った瞬間、背後から何者かに襲われて死亡した』
……いや、まあ本来はそうなる予定だったってこと、か。
でも、俺は死ななかった。
やられるどころか、相手をやっつけてしまった。
そういや、このゲームの主人公ってやられてばっかだよな。
ちょっとくらい強ければ、バッドエンドのコースに突入したって俺のように助かることもあるだろうに。
……ま、ゲームだもんな。
そんなことより、もう一回やってみるか。
ええと、今度はどうせなら……
またさっきまでの場面に行き、玄関先で襲うを選択してみた。
すると、なぜかゲームオーバーにならず。
なんならヒロインの反応はこうだ。
『もう、恥ずかしいですよ琢朗さん。このままここで、ですか? ……いいですよ、親、いませんし』
なんか盛り上がってる?
顔を赤くするはるかさん、かわいいな。
……ってことは現実の一ノ瀬さんも、あのまま押せば抱けたってこと、なのか?
ほう、これはいい情報だ。
実際、メンヘラ満里奈のせいで気持ちがあやめに傾きかけていたけど、タイプで言えば一ノ瀬さんの方が好きだし。
ううむ、やっぱり一ノ瀬さんルートに行こうかなあ……いや、そんな贅沢な悩みをする前に。
まずは目の前のはるかさんとの情事を拝ませてもらうとするか。
さすがに家の中にはストーカーがいるためか、そのまま外で彼女とそういうことになる雰囲気になった。
で、ようやく。
このゲームを買って初めて、ヒロインと合体する展開が訪れて俺の興奮は最高潮に。
好きなタイプのキャラということもあって、俺は急いで枕元に置いてあるティッシュ箱をスタンバイ。
……さあ、このボタンを押せば。
ごめん一ノ瀬さん、この責任はちゃんととるからね。
『……なあんてね』
「え?」
画面に現れたのは、さっきまでの恥じらう様子のはるかさんではなく、にやりと醜悪な笑みを浮かべるはるかさん。
そして、なぜか手に持っているのは手錠。
そのあと、画面は暗くなった。
『はるかを襲ったが、逆に彼女に返り討ちにあってしまい監禁される。そのまま凌辱され、放置されたのちにショック死。ゲームオーバー』
……。
「え、うそでしょ?」
一体何が起きたのか。
返り討ち? あの清楚な子が?
い、いや、これはさすがにゲームの設定だけの話、だよな?
恐る恐るボタンを押すと、タイトル画面に戻らずにまたはるかさんが画面に登場した。
『ほんと、男ってどいつもこいつも下衆ばっか。私のあやちゃんに近づいた罰よ。最後に気持ちいい思いできたんだから、よかったと思ってね。あはは、あやちゃんに近づくやつはぶっ殺すから』
「……どゆこと?」
よくわからないまま、タイトル画面に戻された。
そして、電話が鳴る。
また、知らない番号だ。
「……」
「あ、琢朗さんですか? 一ノ瀬です。あの、今おうちに帰りました。そちらは大丈夫でしたか?」
「……まあ」
「それはよかったです。あの、ぜひお礼をしたいので今度家に来ませんか? いっぱいおもてなしするのでよかったら」
「……考えておきます」
すぐに電話を切った。
いや、ゲームの中の出来事を真に受けてこんな態度をとるのはどうかと思うけど。
家に行ったらダメだよな。
多分俺、死ぬよな?
あやちゃんって……あやめのこと、だよな?
「あの子、あやめのことが好きっていうこと、なのか?」
だとしたら攻略ルートなんかねえだろ。
そもそもギャルゲーのメインヒロインに入れていいのかそんなの?
「……あ、好感度やっぱり上がってない」
キャラ選択画面のところに行くと、はるかさんの好感度だけ一切上がっていなかった。
しかし一応、クリア扱いにはなっていて、『ストーリー解放までお待ちください』と。
また新しいヒロインが登場かと思ったけど、今回はそうではなかった。
あやめのストーリーが解放されましたとお知らせが出る。
「……つまり明日はあやめとのイベントが起こるってこと、か」
なるほどそれの方が安心だ。
また新しいキャラとのいざこざがあるより、仲良くなったヒロインとの親密度を上げるイベントの方がよほど楽しみがある。
ようやく、ギャルゲーらしいことの始まりってやつか?
でも、嫌な予感しかしないんだよな。
マナーモードにした俺のスマホが、さっきからずっと、ずうっとブーブー震えてるんだよなあ。
あやめとの親密度アップ。
その先にあるのって、一ノ瀬さんに殺される未来なんじゃないのか?
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