一ノ瀬はるかルートー1
「おはよー、たっくん」
朝。
登校中に満里奈の影を恐れながらこそこそと歩いていると後ろから声をかけられた。
振り返ると……あやめだった。よかった。
「……おはよ」
「どうしたの、そんなにこそこそして。ていうか、昨日連絡したのに返してよね」
「あ、ああごめん。ちょっと疲れて早く寝たんだ」
「ふーん。あ、そういえば今日も満里奈が一緒にご飯食べないかってライン来てたんだけど」
「断る。俺はお前と二人の方がいい」
あんなメンヘラ連れてくんな。
そう言ったつもりだったけど、ちょっと言い方がまずかった。
「え、それって……」
「あ、いや、ええとだな……あんまり知らない子ってやっぱり気を遣うだろ? だから」
「うん、わかった。じゃあ今日は二人でごはん食べようね、たっくん」
「う、うん」
朝からさわやかな香りを振りまいて、あやめはにっこり笑う。
うーん、こうしてみるとギャルも悪くない。
というより、昨日の満里奈の反動がでかすぎて、今なら大抵の女の子がよく見えそうだ。
「あ、そういえばさ。今日からみゆきも無事に旅行に行ったんだ」
「お金、どうしたんだ? まさか」
「ううん、バイト先から前借りした。あと、警察に相談したら返さなくていいって言われたんだけど、やっぱり返そうと思って。生活の足しにしちゃったから、ちょっとずつ貯めないとだけど」
だから応援してね、なんて。
うん、あやめはやっぱりいい女だ。
ていうか、あのメンヘラから逃れるにはあやめと付き合った方がいいんじゃないか?
「……あやめ、バイトって休みはあるの?」
「うん、土日はみゆきがいるから家にいるようにしてるの。何かあった?」
「出かけるのは無理、か……」
「え、出かける? もしかして、デートに誘ってくれた?」
「あ、いやまあ、せっかく仲良くなったから、飯くらいいいのかなあ、とか」
「あはは、嬉しい。じゃあ明後日は? 今週末ならみゆきもいないから、私一人なんだ」
「じゃあ、そうしようか。ま、あんまり金ないけど」
「私も。お昼はファミレスだね」
なんて言ってたら学校に到着した。
すぐにあやめは女子のグループに呼ばれて、「ごめん、先に行くね」と言って靴箱の方へ走っていく。
うん、ギャルっていいな。
うるさくて不真面目でバカなイメージがあったけど、ああいう子もいるんだな。
……でも、そうなると問題はあのメンヘラだ。
そういや、あいつって何組だったっけ?
「あ、おはよう琢朗君」
靴を脱いでいると後ろから。
昨日聞いた少し鼻にかかった嫌な声がした。
「……満里奈、さん?」
「もう、満里奈でいいのにー。ねえ、昨日どうして電話に出てくれなかったの? 寂しくて死んじゃいそうだったー」
ずいぶんとキャラが変わったなこいつ。
そういやこいつの安否なんて気にしてもみなかったけど。
死んでくれた方がマシだったんじゃないかってことだけは思わないようにしよう……。
「い、いや。昨日は疲れてて」
「ふーん、あやめと会ったりしてないよね?」
「あ、会ってないって。一人で寝てたよ」
「そ。ならいいんだけどー。でも、さっきはずいぶん仲良しさんだったね。あやめと、本当に付き合ってないの?」
目つきがかわる。
濁った目で、俺をじっとり見つめながら靴を履き替えるとそばに寄ってくる。
「……満里奈には、関係ないだろ」
「えー、あるある。琢朗君は満里奈のものにする予定なんだから、いくらあやめでもそれだけは譲れないなあ」
「も、もし俺とあやめが付き合ったら、どうする気だ?」
「んー、二人とも殺す?」
「……」
「きゃはは、嘘だよ。殺すのはあやめだけ」
「洒落にならないからやめろ」
「洒落? おかしなこと言うんだね琢朗君」
冗談なんかじゃないから。
俺の後ろに回り込んで耳元でそっと、そう呟いてから。
何かがガリっと音を立てた。
「……」
「ま、早く私の魅力に気づいてね。またね」
ゆっくりと、満里奈はどこかに消えていった。
俺は、彼女の姿が見えなくなった後で、思い出したように息を吐いた。
「はあ……なんなんだあの女。まじで助けるんじゃなかった」
ていうかそもそもあのゲームをするんじゃなかった。
やっぱりあれは危険だ。
変な女ばっかり出てきて、変な事件にばかり巻き込まれる。
しかも詳細は省かれてるから、ヒロインの事情ってもんが結構あやふやで。
あんなクソゲーに振り回されるのはごめんだな。
やっぱり売ろう。
うん、そうしよう。
◇
「あの、龍崎君ですよね?」
ネットでときめき学園パラダイスの価格を検索していた休み時間に、誰かが俺を呼んだ。
ちなみにこのソフトのことはいくら調べても全然出てこないんだけど。
「……あの、どちら様ですか?」
「あ、すみません。私、一ノ瀬はるかっていいます」
ふわっとした印象の、澄んだ声が特徴的なミディアムボブヘアの女の子。
……いや、この子どこかで?
「あ」
思い出した。
昨日、ゲームを消すときに出てきてた三人目のヒロインにそっくりだ。
え、でも俺、まだ彼女を選択してもないしストーリーも見てないんだけど。
「どうしました?」
「い、いえ別に。あの、何か用、ですか?」
「……龍崎君、突然なんですけど、私の彼氏のフリ、してくれませんか?」
「え、彼氏?」
いや、ほんとに突然だな。
急に一体全体どういう展開?
首をかしげると、教室の入り口の方で談笑するあやめをみながら「あやちゃんに聞いたんです」と。
「龍崎君なら、相談に乗ってくれるよって。私、ストーカーされてて困ってて」
「あー、なるほどそういう感じか。でも、他の男だとダメなの?」
「私、あんまり男友達いなくて。それに、あやちゃんが紹介してくれた人なら間違いないかなって」
「ふーん」
どいつもこいつも、あやめ経由で俺のところにやってくるな。
ずいぶんと影響力があるんだなあいつ。
「で、ストーカーっていうのは?」
「わからないんですけど、最近帰りにいつも視線を感じて……怖くて警察にも相談したんですけどあんまり深入りしてもらえなくて困ってたんです」
「ふーん。で、俺は何したらいいの? 彼氏なんかいたらさ、それこそ逆効果というか」
「でも、一人だと怖いしそれで諦めてくれる可能性もあります、よね?」
「まあ、それはそうだけど」
話しながら、俺はゲームのことを考えていた。
この子のシナリオ、どんなんだったのだろう。
やっぱり同じような展開になって、選択肢を誤るとストーカーにでも刺されてバッドエンドって感じなのか。
うーん、こんなことならやっておけばよかった。
でも、一つわかったことがある。
ゲームでヒロイン選択をしなくても、現実世界でイベントは起こる。
そうとわかれば、あのゲームを売ったところで意味はない。
どころか、貴重な情報源を手放すことになる。
「うーん、売れないなあ」
「なにがですか?」
「あ、いやこっちの話。まあ、とりあえず彼氏云々は置いといて、一緒に帰ろっか。家まで送るよ」
「はい、ありがとうございます。やっぱり龍崎君っていい人ですね」
ちょっと控えめに微笑んで、彼女は俺に頭を下げてから教室を出て行った。
うーん、なかなか可愛いなあの子も。
それに清楚って感じですっごいタイプだし、何より胸も大きい。
んー、なんかあのゲームのおかげで俺、モテてる?
約一名、願い下げなやつもいるけど。
◇
「お疲れ様、たっくん。今日ははるかの護衛よろしくね」
放課後すぐに、あやめが俺のところにきて改めてお願いされた。
今日もバイトらしく、このあとすぐに家に帰らないといけないそうで、一ノ瀬さんが教室に来るのを待たずに慌ただしく出て行く。
で、入れ違いで一ノ瀬さんの姿が。
ぺこりと頭を下げる仕草が可愛らしい。
「よろしくお願いします。私、家は少し遠いんですけど大丈夫ですか?」
「まあ、体力は見た目よりあるから。でも、親の送り迎えとか頼めないの?」
「共働きですから。それに、毎日ってわけにもいかないので」
「ふーむ」
今日は一ノ瀬はるかと一緒に下校。
さすがにこうも毎日違う美女と帰ってたら悪目立ちしてしまう。
もう、彼女で最後にしたい。
「あやちゃんとは、どういう関係なんですか?」
「そうだなあ、なんていえばいいか微妙だけど、とりあえず友達?」
「そう、ですか。よかった」
「よかった?」
「あ、いえ……もし二人が付き合ってたら、さすがにあやちゃんに悪いなって」
「ああ、なるほど」
なんて話をしながら道をまっすぐ進む。
「誰もいない、な」
「はい。やっぱり龍崎君が一緒だからストーカーも諦めたんでしょうか」
「ならいいけど」
俺の家を過ぎてさらに学校から離れていって、やがて大きな一軒家の前で彼女は足を止める。
「あ、着きました。あの、ありがとうございます」
「いや、別に何もしてないけど」
「いえ、こんなに安心して帰れたのはいつぶりでしょうか。よ、よかったらまた明日も、構いませんか?」
「んー、暇なら別にいいよ」
「はい。よろしくお願いします」
彼女が大きな門の向こうへ。
そして玄関の中に入る時にもう一度俺に頭を下げるところまで見送ってから俺はさっき来た道を引き返す。
随分遠まわりしてしまったけど、まあ、あんな可愛い子と帰れたのならむしろ得した気分だ。
でも、こんなにあっさりした展開は初めてだ。
帰り道にストーカーとやらに俺が襲われないか心配だな。
◇
しかし心配も杞憂に終わる。
部屋に戻ると、やれやれとベッドに腰をおろして、ちょっと一息ついて。
そのあと、習慣のようにゲームをつける。
さっきの一ノ瀬さんのゲームでのシナリオとやらが気になったから。
「……可愛いなやっぱり」
ゲームの中のはるかさんも、やはり可愛い。
そして、今日俺が過ごしてきた半日を追体験するようにゲームは進む。
ストーカーに悩まされてて、彼氏のフリをしてくれと頼まれるところも全く一緒。
なるほど、今日は選択肢もばっちりで、平和なヒロインに当たったってわけか。
やがてゲームの中でもはるかさんを見送る場面まで来る。
『ありがとうございました。また、明日もお願いして構いませんか?』
それに対して選択肢だ。
▶ よかったら、家に行ってもいい?
▶ じゃあまた。
……この流れで家に行こうとは図々しい主人公だ。
でも、ゲームだし今と違った選択をしてみるか。
▶ よかったら、家に行ってもいい?
『え、はいいいですよ。それじゃどうぞ』
そういわれた瞬間、何故か画面がブラックアウトした。
「え、なんで?」
何が起きたのか。
それはすぐに、いつものように白い文字が伝えてくれる。
『この後家に忍び込んでいたストーカーに襲われてしまい、死亡。ゲームオーバー』
……。
「なにっ!?」
俺はその瞬間、コントローラーをぶん投げて部屋を飛び出した。
さっき、俺が見送ったあの時、すでにストーカーが家にいただと?
い、いや……あくまでゲームの中の話だし、実際とはちょっとズレてる部分なんかもあったりするから今回もそうとは限らないけど。
でも、もしものことがあったら……いいや、まだ見送ってそんなに時間は経ってない。
頼む、何もなかってくれ。
俺は祈りながら走った。
ああ、くそ。
こんなことならゲームやっときゃよかった。
今日は帰ったら絶対ゲームする。
絶対ちゃんとシナリオ全部見て寝る。
ほんと、なんであんなゲーム買っちまったんだよ、クソゲーのくせに!
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