第73話 一夜明けて
ユニーククエストをクリアした後。
特にこれといった報酬があったわけでも、俺たちの関係に何か変化があったというでもなく、そのまま街まで戻りエリスを大聖堂まで送った後に解散という流れになった。
「いやまあ、報酬はあったか」
安宿のベッドの上で体を起こした俺は、メニューを呼び出しステータス画面の【魔女の寵印】という文字列を眺める。
恐らくはこの世界で俺しか持っていないユニークのステータス。
それがどんな効果であれ、その他大勢ではない――一人の何者かになれた気がして、少しだけ誇らしかった。
「っと、コヨリから連絡きてるな。ギルドハウスにでも顔出すか」
最低限の身だしなみを整えて宿を出る。
カサディスシティは相変わらずの人の多さで、メインストリートから大きく離れた宿だったということもあり、【ルピナス】のギルドハウスに着くまでに結構な時間がかかってしまった。
「遅い」
そしてコヨリの第一声。
「いや、俺の泊まってる宿からここまで結構距離があんだよ」
「そっちについては仕方ないから責めてない。単に起きるのが遅いって話よ」
「あー……」
時刻は午後14時に回ろうかという頃。
ちなみにコヨリからのメッセージがあったのは午前8時過ぎ。
少なくとも正午までに起きていれば今はお昼時くらいの時間だろう。
「って、うわ……なんだこりゃ!?」
形だけでも申し訳ない雰囲気を出しておこうかと思ったが、ギルドハウスの変わり様にそんな気も吹き飛んでしまった。
机やイス、カウチソファといった木製の家具に、本棚に観葉植物といったインテリアまで置かれ、天井には何を動力に動いてるのか不明なシーリングファン。
よく見れば床に壁、階段や手すりにいたるまで、内装にも修繕が加えられたようで初めて来た時とは見違えるほどだ。
少し来ない間にとんでもないおしゃれ空間と化している。
「ここ数日、クエストの傍らで色々買い集めてたの。これなら事務所として使えるでしょ」
「へー! いいじゃんいいじゃん! やっぱできるやつのハウジングって本当にすげぇよ、俺じゃこうはなんねぇからな」
「それはどうも。ただ――」
「ただ?」
聞き返した俺に、肩を竦めて首を振ってみせるコヨリ。
「これで私もほとんど無一文。別に明日からご飯が食べられなくなるってわけでもないけど、しばらく仕事が無ければそうなるくらいには逼迫してるわ」
「あー……まあ、こんだけやればそりゃ金はかかるよな」
「あなたはこんなの、見た目だけで何の意味も無いって思うかもしれないけど――」
「いや? 別に、俺がハウジングをやらないってだけで意味はあると思うぞ?」
「……そ、そう?」
「そりゃあな。俺が依頼する側だったら、事務所に家具一つ置かれてないギルドなんかに依頼するのはちょっと考える。信用できるか怪しいし」
その点ここは非常にいい。
作ったやつのセンスを感じられるし、何よりくつろげる。
便利屋なんてふわっとしたことをやるなら安心感は大切だ。
「レイさん、来ていたんですね。今お茶を入れます」
と、コヨリと話していると二階からシアが降りてくる。
「シア、いたのか。……で、二階はどうなってんだ?」
「私とシアの部屋よ。お互いすっからかんだから、宿代の出費をなくすためにここに住むことにしたの」
相部屋ですけどね、と言いながらすれ違ったシアが、来客用のティーセットを用意し始める。
「というわけで、悪いけどあなたの部屋は無いわ。ゲームの中と言っても男女であることに変わりは無いから、そこは理解して」
「私は全然構わないんですが」
「私が構うのよ……」
大丈夫だ、俺も構う。
「けど、そこのカウチで寝る分にはいいわ。安宿のベッドよりマシだと思うし、あなたがいいなら使って」
「うーん……」
確かに宿代が浮くのは助かるし、あの宿からここまで来る時間を短縮できるのもいい。
かといって、女の子と同じ屋根の下で過ごすってのは、思春期の男の子的には二の足を踏まざるを得ない。
……いや、普通は逆に飛びつくんだろうけどな。
「変に照れる必要はないわ。そんなに深い仲ってわけじゃないんだし、意識しなきゃいいだけ」
「まあ……それもそうか」
そんなわけで、ギルドハウスに住むことが決まった俺たち。
ゲームの中で暮らす、という新しい生活が始まった後で言うのも何となくおかしな話だが、今日から新しい生活が始まるわけだ。
「というわけで、さっそく依頼を取るための会議を始めるわよ。それから、あなたの妹さんを探す方法も」
「だな。俺の武器の修理代も稼がなきゃいけねぇし、手っ取り早く高額なやつがいい」
「……馬鹿ね。ついさっき立ち上げたようなギルドに、そんな依頼出してくる人がいるわけないでしょ」
「いやいや、ユニーククエストのクリアギルドって結構な看板だと思うけどな」
「表に出していいの……? めんどくさいのに絡まれるわよ?」
コヨリの言う通りだ。
MMOプレイヤーは嫉妬深く、ユニーククエストの情報を握っていると知れば何をしてくるかも分からない。
それこそ、ストーカーくらいならまだ可愛いもんだ。
「まあ、二人が身銭切ってここまでしてくれたんだ。俺も自分の身くらいは差し出しとかないとな」
「大丈夫です。レイさんは私が守りますから」
そう言って差し出される紅茶。
そういえばこいつもストーカーみたいなもんだったな……
「っつーわけで、始めるか」
最強の元PK、異世界デスゲームに挑む 如月衣更 @K-Kisaragi
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