第70話 その連鎖を断ち切って④
「はぁ……!? 何を、言って……!」
「……俺にも妹がいるんだ」
「っ」
妹、という言葉にサレーネの瞳が揺らぐ。
「けど、君とは立場が逆だな。体が弱かったせいで、誰からも優しくてもらえる妹のことが羨ましくて、子どもの頃――ずっと理不尽な嫌がらせをしてた」
「……ふん、それがどうしたの」
「同じとは言えないし、言わない。でも……ちょっとだけ分かるんだよ、君の妹の気持ち」
「あの子の気持ち!? はっ、そんなの、私を殺したいほど憎んでいる以外に何があるの?」
「そうかもな」
サレーネの表情から嘲りが消える。
少しは話を聞いてくれる気になったらしい。
「君の妹はどう考えてもやりすぎた。けど……あんなことになる前に、もしかしたら俺と同じように、嫌がらせの範疇で収まるようなことを君にしてたんじゃないのか?」
「……」
「無言なのは、そんなこともあった、ってことでいいか?」
サレーネから返答は無い。
構わず話を続けることにした。
「あれな、悪いのは相手だからとか、自分が苦しんでるんだから仕方ないとか……そういう言い訳はほとんど考えてねぇんだ。全部自分が悪いって分かったうえで、罪悪感に苛まれながらやってた。ははっ……バカだよな、ほんと」
「ええ、大バカね」
「でも、爆発しないためにはそうするしかなかったんだ。バカだから、それ以外の方法を知らなかった」
「……」
目を細めて視線を逸らしたサレーネ。
もしかしたら、昔の出来事を思い返しているのかもしれない。
「嫌がらせをしたって、自分が妹になれるわけでもないし、妹に向けられている感心が自分に向くわけでもない。だからといって、あの時の俺は妹が憎いわけでもなかったんだ」
「え?」
「なんつーか、俺は怒ってるんだぞ、我慢してるんだぞ、ってことを分かってほしかったのかもな。そんで、間違ってるのは俺だと逆に怒って、突き放してほしかった」
「……どうして?」
「んー……無理矢理に理屈をこじつけると、嫉妬ってつまりは自分の願望だろ? 自分だったかもしれないやつが自分の欲しいものを手に入れてると、そいつと自分を重ねざるを得ない。自分には無理だと諦めのつくような相手には嫉妬なんてしないからな」
普通のゲーマーが、身近にいる上手くて人気者のプレイヤーには嫉妬しても、世界チャンピオンには嫉妬しないのと同じ理屈だ。
プレイの次元が違う、自分はああはなれないと理解しているから、そもそも自分と相手を重ねない。
「だから、そんな嫌がらせをしても意味が無い、あなたは私にはなれないって、そう断言してほしかったんだよ。諦められちまえば楽だからな」
「断言されることで、深く傷つくとしても?」
「そりゃお前は間違ってるって面と向かって否定されるんだ。一日二日は寝込むだろうが……まあ、その後一生苦しみ続けるよりはマシだろ」
「……」
「これもある意味“呪い”なんだろうな。勝手に嫉妬して、勝手に怒ってた俺が悪いんだが、妹はその嫉妬と怒りを受け入れちまったから……否定されなかった俺は、一生その負い目を抱えて生きていかなきゃならなくなった」
元はといえば自分のせいなんだから、自業自得といえばその通りなんだが。
「【盲目の呪い】なんて無くたって、妹は十分苦しんだと思うぜ? 俺がよくある兄妹喧嘩レベルの呪いでここまで苦しんでるんだから、やっちまったことの大きさから考えると、君の妹は死ぬまで安眠できなかったろうな」
「……」
「だから頼むよ。こんな……エリセまで巻き込むような呪いはやめてくれ。<<レムナントウルフ>>だって、あの時の被害者だったはずだろ?」
ギリ、と噛みしめられた歯が軋む音。
のしかかったサレーネがこちらを睨みつけながら牙を剥いた。
「それが盟約よ! 私はあの時、ただ私と生きていたというだけで殺された<<レムナントウルフ>>たちと約束したの! 必ず復讐すると……聖女とその近しい人間たちに、生涯をかけた呪いを必ず刻むと!」
……ああ、そうか。
望まぬ約定の一節は、そういう意味もあるのか。
「……だったらもう、俺を殺すしかないな」
「ちょっ、レイ!?」
「レイさん……!」
頭上からコヨリとシアの声が降ってくる。
「俺は絶対に君を……エリセを殺さない。だが、呪いの真実はエリスに知られてしまった。もう二度とこの状況は作れない。聖女の血もエリスの代で途絶え、君の呪いも終わりだ」
「それならそれで構わないわ。元より、聖女なんてものが生き続ける限り呪うことが目的だったんだから」
サレーネの左目が青く光る。
先ほどと同じく地面が隆起し、土塊が周囲に漂い始めた。
自分諸共俺を殺す気だろう。
「これが最後のチャンスよ。私を殺しなさい。そうすれば命は助かるし、呪いも解ける」
「生憎、今武器の持ち合わせがねぇんだ、悪ぃな」
「――ったく、もうっ」
視界の端にコヨリが洞穴に駆け出していくのが見えた。
恐らくエリスの元に行き、自分も呪われてサレーネを殺す気なのだろう。
だが、もう遅い。
土塊は今にも俺たち目掛けて降りそそごうとしている。
「死ぬのが怖くないの?」
「やるべきことは全部やったからな。これでダメなら……まあ、潔くゲームオーバーを受け入れるさ」
「そう。……それなら、ここで幕を引くとしましょう」
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