第69話 その連鎖を断ち切って③
「……自分が死ぬかもしれない、そんな状況でも?」
「生きてるだろ? この通り」
両手を広げておどけてみせる。
実際、俺が全方位攻撃に慣れていなければ間違いなく死んでいた。
全て避けきる自信がそれなりにあったからこそやったわけだが……まあ、賭けだったことには変わりない。
ただ、ゲームであるからには避けられるようにできていると信じていた。
回避のしようがない必中の攻撃なんてクソゲーでしかないからな。
「レイ、無事!?」
コヨリの声が背後から飛んでくる。
「ああ、大事な大鎌がぶっ壊れちまったがなんとかな」
「そんな冗談言ってる場合じゃないでしょ……!」
いや、愛着も湧いてきたところだし別に冗談ではないんだが。
「私は信じていましたよ、レイさんならきっと大丈夫だと」
「はいはい……それはもう分かったから、シアは次撃たれた時のために【スペルディストラクション】の準備をしておいて」
「……ぶー」
「ぶーじゃない」
そんなコントを繰り広げているコヨリとシアに思わずくすりと笑いが漏れる。
「そうだな、今度も避けきれる自信は無いから、頼んだ」
包囲網の中にいる自分と展開されている弾の位置による着弾までのタイムラグを利用した安置の割り出しと、急ブレーキからのバックステップで攻撃地点を引きつけてからの回避――この二つの理屈さえ分かっていれば攻略もそこまで難しいものじゃない。
しかし、これらはあくまで被弾数を限りなく減らすための知識と技術であり、弾の生成位置などのランダム性が高いという性質上、全方位攻撃はどんな猛者でも当たる時は当たるものだ。
そして、今の俺のステータスでは恐らく一発でも直撃をもらえばお陀仏。
相性はすこぶる悪い。
「……一度攻撃を避けただけでずいぶんと盛り上がるのね」
「どう考えても死んだって場面からの生還は盛り上がるもんなんだよ。そういう勢いって結構怖いぜ?」
「怖いも何も、その勢いであなたが私を殺してくれれば全て解決するのだけれど」
「さっきも言ったが、そいつはできねぇ相談だ」
右目が赤く光る。
不可視の爪による二連続攻撃。
空間の揺らぎの出現位置的にどちらも俺狙いだ。
動き始めてからでないと縦方向か横方向かは分からないが、軌道自体は分かりやすいので回避は容易。
「それはもう見たんでな」
最初の一撃、それからコヨリとシアに二回ずつ――計五回も安全な位置から見られれば十分だ。
必ず向かって左の爪から振り下ろされるから、まずは横軸に動いて釣り縦軸で避ける。
今度はその縦軸に合わせて右の爪の追撃が来るから横軸で避ける。
パターンさえ理解してしまえば、コヨリのようなスピードもシアのような攻撃自体を無力化するスキルも必要ない。
最小限の動きとスタミナ消費だけで事足りる。
「今度はこっちから行くぞ!」
「っ」
また抱きかかえられると思ったのか、武器も手にせず突進していく俺にサレーネが踵を返し距離を取ろうとしていた。
それはそれでありだ、持ち運ぶ手間が省ける。
そして、数秒走ったところで急ブレーキをかけるようにサレーネが足を止めた。
ここまできて、まるで俺の意図を察したように憎々し気な表情をこちらへと向ける。
「……これが狙いか」
「ああ、そういうこった」
サレーネの背後には岩壁に口を開ける横穴。
かつてサレーネが<<レムナントウルフ>>たちと暮らしていたであろう――そして、今は恐らくエリスがいる場所だ。
「なあサレーネ、エリスと話してみないか?」
「……ふん、何を言い出すかと思えば」
嘲笑うように鼻を鳴らすサレーネ。
「いったい何を話すというの? あれは私に対して何もしていないし、私もあれに対して思うことはない。ただ、同じ血筋であるというだけの関係なのよ?」
「じゃあ、いつ終わるんだ? 君の呪いは」
「聖女の血が途絶えるまで。それまで私は何度でも聖女と共に生きる狼として蘇り、その絶望を見届けてから死ぬわ」
サレーネが吐き捨てるように言う。
「それが私の復讐。それが私の呪い」
「なら、エリセはどうなる?」
「……何?」
溜息を吐いて仮面を外す。
一気に視界が開け、その眩しさに思わず目を細めた。
「君が復讐したいのは、何も見えない……いや、見ようとしていない聖女と、そんな聖女に盲目的に付き従う人間だろ? <<レムナントウルフ>>は関係ない」
「……っ」
「むしろ君の友達で、家族だったはずだ。それを復讐の道具に――」
「黙れ!」
牙を剥きながら飛び掛かってくるサレーネ。
これはスキルじゃない、それなら。
「ぐっ!?」
押し倒されるように背中を地面に打ち付ける。
肩には爪が食い込んでいるが、死ぬようなダメージじゃない。
HPゲージは6割ほど減っていた。
「あなたに何が分かるの!? 私の嘆きも、絶望も、何も知らないくせに!」
「ああ、分かんねぇよ。救いようのねぇバカで、何も分かってねぇガキだったから……分かるように、怒ってほしかったんだ」
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