第68話 その連鎖を断ち切って②

 サレーネの体を担ぎ上げてそのまま走る。

 どこに、と言われれば場所は一つしかない。


「こんなもので……いつまでも私を縛れると思わないでっ」


 激しく暴れるサレーネにバランスを崩しかけるが、その度になんとか気合いで踏み留まる。

 まだだ、まだ倒れるわけにはいかない。


「だったら……!」


 ターゲットがシアに移る。

 このままでは逃げられないと悟り、シアの方を潰してスキルを解除しようという魂胆だろう。

 サレーネの右目が光り空気が揺れる。

 大剣の機動力で避けられるかどうかだが、こっちは三人。

 そのうち二人の攻撃が相手に通らずとも、できることはいくらでもある。


「コヨリ! シアを頼む!」

「……もう、私、味方を守れるスキルなんて持ってないんだけど……っ」


 二刀を腰の鞘に戻しトップスピードでシアの元に駆け寄ったコヨリ。

 そのままシアをお姫様抱っこすると――


「【蜃飢狼】」


 コヨリのスキル宣言と共に周囲に白い霧が立ち込める。

 視界を遮るほどではないので、コヨリの姿が見えなくなったわけではない。


「そんなもので!」


 霧を払うように振り下ろされる不可視の一撃。

 シアを抱えながら霧の中を走っていたコヨリの姿を捉えた――かに見えた。


「手応えが……無い?」


 そこにいて直撃を受けたはずのコヨリの姿が無い。

 そう、【蜃飢狼】は霧の中に敵のヘイトを引くデコイを作り出すスキル。

 そして攻撃した対象にスタミナ減少のデバフをかけ、自身のスタミナを回復する追加効果もある。

 呪いを受けていないコヨリのスキルのためデバフは通っていないだろうが、これでひとまずシアへのターゲットは外すことができた。


「小賢しいことを……」

「残念だったな」

「……はあ、もういいわ。何をするつもりだったかは知らないけど、あなたが私を殺す気が無いのは分かった」


 サレーネの左目が青く光る。

 ここにきて新技か……!


「シア! スキルを解除してくれ!」

「もう遅いわ」


 足元の地面が隆起したかと思えば中空に浮かび上がり、鋭利な土塊に全方位を囲まれる。

 堪らず足を止めて周囲を見渡し状況確認。

 さっきまでの攻撃が爪ならこっちは牙――とくれば、この後の攻撃パターンは……!


「自爆覚悟かよ、ったく!」


 すり抜ける隙間は無く、かといって頭上にも土塊が展開されていてジャンプで逃げることもできない。

 シアの【スペルデストラクション】なら抜け道を作れるだろうが、恐らくあれはクールタイム中。

 コヨリに撃ち落としてもらうか? 数が減れば避けることはできるだろうが……ダメだ、さすがに間に合わない。

 となりゃあ、やることはただ一つ!


「なっ……!?」


 再び走り始めると同時に腕を縛っていた【シャドウバインド】が消える。

 そのままサレーネを放り投げて攻撃の範囲外へ出す。

 しかしそこで時間切れ、全ての土塊が俺目掛けて飛来する。


「レイ!」

「大丈夫だ、なんとかする!」


 コヨリの声に応えつつ、位置的に最も近い正面の弾を最小限の動きで回避。

 次、上方からの二発――うち一発をギリギリまで引き付けて回避することで横からの弾を防ぐ盾にする。

 全力で駆け出しすぐにスライディング、左右からの弾を頭上でぶつけて無力化。

 間髪置かずに飛び起きて背後からくる弾を回避、続けてあえてのバックステップで遅れてきた斜め後ろからの弾を正面でクロスする形になるよう素通りさせる。

 ただし、足を止めた時点で頭上からの土塊の直撃コース。

 俺のAGI敏捷じゃ加速が足りず範囲から抜けられない


「【クロススイッチ】!」


 だから、バックステップのタイミングで【クロススイッチ】を発動。

 直剣は手放しているが、武器の切り替え自体はできるので大鎌が手の中に現れる。

 リーチが長い代わりに取り回しが悪く防御には向かない武器だが、今はこのリーチが必要だ。

 力の限り柄を握りしめ、真横からの弾に向かって槍のように先端を突き出した。


「っ!」


 ガクン、と大鎌を持つ手が真後ろに持っていかれる反動を利用し、体ごとその場を離脱する。

 途中で手を放せばそこはもう包囲網の外、攻撃を無傷のまま乗り切った。


「……っし、やってやったぜ」


 紙一重で死線を潜り抜け、頭はアドレナリン全開だ。

 肩で息をしながらひとまずの生存を喜んでおく。


<<装備破損>>

  大鎌


 本来の使い方とはかけ離れたことをしたからか、手放した大鎌が壊れたようだ。

 序盤に手に入る金の大半をつぎ込んだ装備だったが、命には代えられない。

 悪ぃな、もし修理できるようならまた使ってやるから。


「さて――」

「……」


 砂ぼこりを払いながら立ち上がり、じっとこちらを見ていたサレーネと対峙する。

 だいぶ距離は稼げたが、一度拘束を解かれてしまっては二度目は無いだろう。

 ここからどうしたものか。


「……なぜ私を助けた」


 サレーネが心底解せないといった様子で問いかけてくる。


「なぜって聞かれりゃ……そりゃまあ、友達になりたいからな、そいつと」

「……何?」

「コヨリには愛想よくするクセに、俺にはしばらく触らせてもくれなかったヤツだけど……ようやく仲良くなれてきたところなんだ」


 それに何より、エリスのたった一人の家族だ。

 クエストがどうとか、呪いがどうとかを抜きにして――


「だから、できればケガしてほしくねぇ。そう思っただけだ」


 自傷ダメージがどのくらい入るのかは分からないが、少なくとも俺の攻撃以上なのは間違いないだろう。

 もしそれでエリセに何かあったらと思ったら、巻き添えにする気にはならなかった。

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