第67話 その連鎖を断ち切って①

「エリセ……いや、サレーネにダメージを与える条件は【盲目の烙印】を受けていること。二人の攻撃はあいつには効果が無い。一方的に攻撃されるだけだ」

「じゃあ、誰が挑戦してもエリセを倒せなかったのって……」

「ああ、唯一攻撃が通ったはずのヤツも、ターゲット機能を失って何もできなかったんだろうな」


 もっとも、目的を達成していない以上、サレーネの方も街で殺されてやるなんてことはないだろうから、まともに戦えたとしても恐らく結果は同じだ。


「サレーネの望みは、“この場所で”、“呪いを受けた人間”に殺されること。殺されたから呪って、呪われたから殺して、殺されたからまた呪う――多分それが儀式みたいなもので、それを完遂することで聖女と生きる<<レムナントウルフ>>に乗り移ってるんだ」


 だから俺を攻撃せずに、コヨリとシアを攻撃して俺を焚きつけている。

 あわよくば二人を殺し、俺が復讐に燃えて襲い掛かるよう仕向けるため。


「呪いを受けた人間に殺される……って、あなたはプレイヤーだから視力まで失ってないだけで、何も見えない普通のNPCにそんなことできるとは思えないけど……」

「呪いについて知れ渡ってる中わざわざ呪われるなんて、それこそ聖女に気があるヤツかよほどのお人好しくらいだろ。聖女がいなくなったと知れば、誰かの手を借りてでもここまで連れ戻しに来るに決まってる。条件さえ整っちまえば、後は――」

「まず同行者を殺す。それから私を殺さなければ殺す、私を殺せばあなたの呪いは解ける、と教えて脅してあげれば、みんな喜んで私を殺してくれるわよ。正確には、私ではなくこの子をだけど」

「……だってよ」


 ご丁寧に本人の口から解説してくれるサレーネに、俺は肩を竦めてみせる。


「どうして……」

「……再現だって言ったろ? 自分で望んだこととはいえ、目を失って、もう死ぬしかないって状況でできた一緒に生きてくれる家族……そいつを理不尽に奪われる苦しみを聖女に味わわせたいんだよ」

「そこまで分かっているのなら、もういいわよね?」


 サレーネからの殺気。

 当然その矛先は俺ではなくコヨリとシアだ。


「……殺すの? エリセを」

「殺したくない……けど、殺す以外にどうしようもなくなったら、俺は……」


 殺すかもしれない――

 その言葉を紡ぐ前に、いつ間にか正面に立っていたシアが俺の額に軽く手刀を振り下ろした。


「どんなに不可能と思われる状況下でも、Rain様は必ず目的を完遂されました」

「……し、シア?」

「レイさん、あなたの目的は何ですか? エリセを殺すことですか?」


 ……ああ、そうだ。

 何が「どうしようもなくなったら」だ、何を寝ぼけたことを言ってる。

 「どうしようもない」を「どうにかする」のがゲームの本質だろ。


「ったく……しばらくゲームをやらなかったせいか、感覚が鈍ってるな」

「ふふ。お目覚めですか、Rain様」

「――ああ」


<<アイテムを装備しました>>

   魔霧の仮面


 インベントリを開いて<<魔霧の仮面>>を取り出し装備する。

 以前のように<<蒼炎の仮面>>に変化することはなかったが構わない。

 どうせアレは対プレイヤー用、この戦闘では効果が無いんだから。

 視界が狭まり、余計な思考が頭から排除されていく。

 自分が何をするべきか、何をしなければならないか、それが具体的なイメージとなって頭に浮かび、膨大なチェックリストが眼前に現れたような心地だった。


「それじゃあ私たちは、自分が殺されないように、そしてレイを殺させないように動けばいいわけね」

「敗北条件が明確で助かります。それでは――」

「呪いの連鎖とやらを、いっちょ断ち切ってやるとしようか!」


 腰の直剣を引き抜いた俺はサレーネに肉薄。

 その頭に容赦なく刃を振り下ろす。

 ニヤリと笑みをこぼしながらそれを受け入れたサレーネだったが、やがて今の状況のおかしさに気づいたようだった。


「なっ……!?」

「悪ぃな、だ」


 呪いを受けていないプレイヤーからダメージを受けない、という仕様はアルケーオンラインのルールによるもの。

 つまりサレーネもアルケーのルール化にある何よりの証拠なわけで――


「低レベルの俺が一回や二回斬ったところで、ボスモンスターのお前にとっちゃ大したダメージになりゃしねぇんだよ!」

「……そう。それなら私は、あなたのお仲間でも攻撃しながら、ゆっくり自分の死を待つとしましょう」


 空気の振動を感じたが振り返らない。

 二人は強い、大丈夫だ。


「ああ、そうやって無抵抗になるように一発入れたんだ」

「あなた、何を……っ!?」


 振り下ろした直剣を放り投げ、サレーネの隣にしゃがみこんで腕を通し、前足、そして後ろ足の付け根をがっちりとホールドする。

 足りててくれよ、俺のSTR筋力値!

 慌てた様子を見せるサレーネをそのまま抱え上げた。


「うお重っ!?」


 60キロはあろうかという巨体を持ち上げているんだから当然だ。

 現実では絶対に無理だが、ステータスで身体能力が上がるゲーム内ならこのまま走ることだってできる。


「お、下ろせ!」

「【エレメンタルチェンジ:スタイルダーク】、からの、【シャドウバインド】」


 走り出した俺に並走したシアが大剣に持ち替えスキル名を宣言。

 と、足元から伸びた影が俺とサレーネを括り付けるような形になり、多少暴れたくらいじゃ振りほどけないようになった。

 

「な、なぜ私が拘束されている……!?」

「あなたを縛っているのではなく、レイさんをあなたに縛り付けているんです。あなたへのスキルはどうせ無効化されると思ったので」

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