第66話 魔女⑤

「お前は誰だ……? エリセ、なのか……?」

「それはこの子の名前でしょう? 私はサレーネ――この場所に招かれた最初の人間、と言えば、何者か分かってもらえるかしら」


 サレーネと名乗ったそれは、エリセの姿でそんなことを言う。


「最初の人間ってことは、それじゃあ……」

「そう。過去に教会を追われ、そして謂れのない罪で処刑された魔女。あなたの身を侵す呪いの原点」


 ピリ、と肌を焼くような殺気が伝わってくる。

 無意識にコヨリとシアを守るように一歩前へ出た。


「やめておきなさい、人間。あなたのそのひ弱な体では私の力を受け止めきれないわ」

「だったら攻撃するのはやめてくれ。こっちに戦う意思はない」

「ええ、知ってるわ。だからこうするんじゃない」


 くくっ、と喉を鳴らすように笑ったサレーネ。

 右目が赤く光ったかと思えば、空気の振動を感じ取る。

 さっきも一瞬似たような感覚があった。

 ……ということは、これは!


「コヨリ! シア! 来るぞ!」


 俺が叫ぶや否や、中空の景色が陽炎のように歪み、それが俺たち目掛けて襲い掛かってくる。

 しかしそこはさすがの高レベルプレイヤー二人、声をかけずともしっかり反応して回避行動を始めていた。


「っ……やっぱり、こいつは……」

「不可視の攻撃ね。全く見えないってわけでもないけど」

「単調なのが救いでしょうか。……まあ、向こうはまだお遊びといった様子ですが」


 再び地面が抉れ、巨大な獣の爪痕がその場に刻まれる。

 

「ほら、続けていくわよ。今度は二連続、避けられるかしら」


 サレーネの右目が光る。

 頭上の歪みは二つ――それが時間差でコヨリに振り下ろされた。


「っ!」


 一撃目の回避後の隙を狙った二撃目。

 堪らず腰の二刀を抜いたコヨリが自己バフをかけ、上昇した機動力AGIにより紙一重で回避に成功する。


「へえ、なかなかやるわね。だったらあなたはどう?」


 同じく二連続攻撃、今度のターゲットはシアだ。


「【エレメンタルチェンジ:スタイルウィンド】」


 ぼそり、と呟くようにスキル名を宣言したシア。

 と、シアの全身を取り巻くように風が吹き荒れ、その流れに身を任せるようにくるりと一回転しながら初撃を回避。

 いつの間にかその手に握られていた弓に矢をつがえ、振り下ろされる二撃目に狙いを定めた。


「【スペルデストラクション】」


 放たれた矢は不可視の攻撃に弾かれる――かと思えば、ガラスが砕けるような甲高い音と共に相殺される形となる。

 俺の【クロススイッチ】の上位互換のような即時装備切り替えスキル、からの対魔法アンチスペルスキル。

 いい組み合わせコンボだ。

 魔法職のプレイヤーはこれをチラつかされるだけで迂闊にシアを攻撃しにくくなる。

 こんな感じに状況に応じて武器や属性を切り替えながら、常に後出しで有利を取って戦うのがシアのプレイスタイルなのだろう。

 なるほど、これは“Rain”と噂されるのも納得だ。


「よくあの攻撃が魔法だって分かったな」

「あれが本当に元聖女なら教会所属のNPCですから、攻撃は魔法属性だと判断しました」


 そういえば、シスターたちはみんな高レベルの魔法使いだって話だったな。


「ふーん、今まで戦ってきた中では断トツの一番ね」

「……今まで?」

「そうよ。ここで、こうして人間と戦うのは、これで四度目」


 俺たちより前にここまで辿り着いた誰かと戦ったってことか?

 いや、でもこれがユニーククエストである以上進捗はリセットされないはず。

 エリスがここに来たのは俺がこの場所のことを教え、そして呪いの真実を伝えたからだ。

 


「……いや、違う。まさか、繰り返してるのか? あの瞬間を……」

「どういうこと?」


 サレーネが俺たちの前に姿を現してからの第一声、「あの時と同じ」という言葉。

 バラバラになっていたパズルが、1ピースを埋めた瞬間に次々とハマり組み上がっていく感覚に襲われる。


「……再現なんだよ、これは。<<レムナントウルフ>>の住処に逃げ込んだ聖女、それを追ってきた人間、そして<<レムナントウルフ>>との戦闘――その全てがサレーネの経験したの再現なんだ」


 ニタァ、とサレーネの口元が邪悪に歪む。


「エリスの先代、先々代、そのまた先代の聖女の時も同じ状況を作ってるから四度目ってことで……ああクソっ! 【盲目の烙印】なんてゲームの都合で作られたただの仕様ステータスでしかなかった……聖女の血筋が途絶えるまで、これから生まれてくる聖女全員に、この地獄を再現し体験させるシステムこそが本当の呪いだったんだ!」


 教会に所属する聖女が<<排絶の黒百合>>を求めるのはの当然のこと。

 昔はどうだか知らないが、俺たちには収集クエストという形でこの場所を見つけさせ、そこにある<<朽ちた宝石箱>>と<<懺悔の霊雫>>で教会との繋がりを匂わせ、それが聖女へと伝われば、後は聖女が当時の出来事を知るだけでこの状況が完成する。


「最初から繋がっていたんだよ……何もかも、全て……!」

「そこまで気づいたのはあなたが初めてよ。そして、それでこそ私の復讐も意味があるというもの」

「……ああ、そうかよ……そういうことかよ!」


 こいつはなぜだか俺を攻撃してこない。

 それは、俺にはこの後で果たさなければならない役割があるから。

 過去、エリセを討伐しようとしてダメージも与えられなかったのは、そのメンバーのうち一人しか【盲目の烙印】を受けていなかったからだ。

 ゲーム的にサレーネを殺せるのは、今この場には俺しかいないということになる。


「……コヨリ、シア。今すぐ引き返して森を出ろ」

「えっ、レイ? いきなり何を……!?」

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