第65話 魔女④
翌日。
昨日と変わらず、同じ場所にエリスはいた。
「あー……エリス。先に言っておくんだけどな」
「はい?」
これから伝えようとしているのは、恐らく誰もがエリスに知られまいと隠してきた過去だ。
一日のほとんどを教会の敷地内で過ごし、呪いのせいで誰とも深く関われず、かといって目が見えないので本などから情報を得ることもできない。
そんなある意味閉ざされた環境にいる彼女には酷な真実。
だから――
「俺が君に呪いの真実を伝えるのは、出会った時にも言った通り、こっちにもそうしたい事情があるからだ」
「……」
「そのせいで君を傷つけるかもしれない、このまま知らずに生きた方が幸せかもしれない――そう思っていても、俺は他でもない自分のためにこれを伝えるよ。本当にすまない」
結局俺が選んだ道は……エリスにどうするかを選ばせるのではなく、俺自身のエゴで、クエストのためにエリスに話すこと。
そうすれば全ては俺の責任だ。
もしこれでエリスに何かあったとしても、彼女が自分の意思で選んだのだから、なんて言い訳はできなくなる。
だけど、これでいい。
元よりエリスに近づいたのはユニーククエストのため。
善意でも何でもなく、ただの私欲だ。
だったらせめてその責任は自分で負うべきだろう。
「君の呪いの始まりは――」
そして俺は、ニーナの話をそのままと、そこから推測した俺とコヨリの仮説を伝える。
それをずっと黙って聞いていたエリスは、やがて「なるほど」と呟くと静かに息を吐いた。
「……それは、誰も教えてくれないわけですね」
「調べた感じ、厳重に隠されてた秘密ってわけじゃなかった。ただ、それを聖女である君本人に言いたがるヤツはいなかった……って感じだな」
「それは……わたしが呪われた存在だからではなく、単に配慮されていただけなのでしょう……」
もちろん呪いのせいで近寄りがたいというのもあっただろうが、どちらかといえばエリスの言う通り配慮の方が大きかったはずだ。
本人ではなく先祖が犯した罪――というより、呪った側も呪われた側も彼女の血筋なのだから余計に複雑である。
誰も好き好んでそんな話題に触れたくはない。
「なんて、こと……」
両手で顔を覆って俯くエリス。
そんな彼女を心配してか、エリセが起き上がってそっと寄り添っている。
その光景があまりに痛々しく、俺はただ黙ってその場に立ち尽くすことしかできなかった。
「……すみません、せっかく来ていただいたところ申し訳ないのですが、今日のところはお引き取りを。少し、一人になりたくて……」
「……ああ、分かった」
そう言われてしまっては無理に居座るわけにもいかない。
俺たちは何度か振り返りながらその場を後にする。
その間もエリスはずっと俯いたままで、ただ小さく肩を震わせるだけだった。
◆ ◆ ◆
さらに翌日。
再び教会の中庭を訪れた俺たちだったが、そこにいつもいたはずのエリスの姿が無かった。
たまたま近くにいたシスターネルを捕まえて、教会内の彼女が行きそうな場所を探してもらったが、結局見つけられず。
当然エリセもいないので外出した可能性が高いとのことだった。
だが、いったいどこへ――と考えるまでもなく、心当たりは一つしかない。
シスターネルにお礼を言って、俺たちはレスティナ大森林へと向かった。
「本当にいると思う?」
コヨリの問いかけに「もちろん」と答える。
「エリスは贖罪を望んでた。だけど、償うべき罪も、慰めるべき魂も、全て自分に連なるものだったんだ。どうしていいか分からなくなったら、多分――」
マップを見ながら歩くこと数十分。
日の光も届かないほどの鬱蒼とした森の奥に、突如として明かりが見えた。
崖際にぽっかりと穴が開いたような、群生する<<排絶の黒百合>>に守られるようにしてできたそこは<<レムナントウルフ>>の住処。
82年前の聖女も訪れた場所だ。
「来るんじゃないのか、ここにさ」
俺たちを出迎えたのは――エリセだ。
他にも<<レムナントウルフ>>は数多くいるが、何度も触れ合ったそいつの顔を見間違えるはずもない。
エリセがいるということはエリスもいる。
読みは当たったわけだ。
「エリセ、おいで」
しかし、コヨリの呼びかけに反応が無い。
その場に立って、じっとこちらを見つめている。
ただ、いつもと雰囲気が違うような気がするのは気のせいだろうか。
「どうしたの? エリスはここに――」
一歩踏み出したコヨリを横からシアが突き飛ばし、自身も飛び退いて短剣を構えて臨戦態勢を取った。
耳を劈く轟音と共にさっきまでコヨリが立っていた地面が抉れる。
そこにははっきりと獣の爪痕が刻まれていて、避けなければコヨリがどうなっていたかは想像に難くない。
「――ふふ、あの時と同じ」
聞き覚えの無い女の声。
警戒しながらきょろきょろと周囲を見渡してみるが、エリスどころか誰の姿も見えない。
だから、彼女が声の主だと気づくのにしばらくかかってしまった。
「エリ、セ……?」
「ああ、当代の<<レムナントウルフ>>はそんな名前だったわね、そういえば」
こちらを嘲笑うような表情で頭を上げたエリセが、まるで人のように鼻を鳴らしながらそう言った。
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