第64話 魔女③

「え、えっと~……お料理、並べてもいいですかね……?」


 エプロン姿の長い黒髪の少女が困惑気味にそう言った。

 この空気の中でなお普段の業務を行えるとは、なかなか強靭な精神力だ。


「ええ、大丈夫だから適当に……あら?」


 コヨリのそんな声に釣られて目線の先を追ってみて、すぐにその理由に気づく。


「NPCなら頭上に名前が出るはずだから……あぁ、つまりプレイヤーってことか?」

「はい! ここでアルバイトさせてもらってます、マナっていいます♪」


 どこかの配信者のようなアニメ声でその少女――マナが言い、胸元につけられた手書きのネームプレートを指差した。

 違和感なく受け入れていたが、そういえばカタカナで書かれているな。

 アルケーでは頭では読めないがシステム的に読める独自の言語が使われているので、プレイヤーメイドでもなければこれはありえない。


「アルバイト……?」

「わたし、ゲームが下手なので……生きていくためにはこうして働くしかないんですよね」

「あー……そっか」


 MMORPGというのは、誰もが俺たちのように強さを追い求めるためにプレイしているわけではない。

 直接戦わず、武器やアクセサリーを作って他のプレイヤーを支えたりといった生産職だって一定の人気があるし、ゲーム内通貨を元手に市場のアイテムを売買し所持金を増やすマネーゲームとしてプレイしてるやつもいる。

 それこそ昨今のグラフィックや感覚再現技術の向上により、庭付きの家を買ってガーデニングに勤しんだり、アレルギーで触れられない動物と接したりといった、ゲームとは無関係に現実ではできないことをするためにプレイしている場合もあるだろう。

 特にアルケーはとにかく現実にこだわったゲームだったからか、そういう目的のプレイヤーも多かったと聞いている。


「あ、でもでも、こうして普通に働いて、普通にお金がもらえるんですから、わたしみたいなプレイヤーも安心ですよね」

「少なくとも死にはしないからな」

「はい♪」


 そんな話をしながらも俺たちの目の前にはきのこのパスタ、サラダにスープ、銀の食器がテキパキと並べられていく。

 皿とテーブルの間に指を挟んで音も振動も最小限、スープも波立っていないし、スプーンやフォークは真っ直ぐで綺麗な平行線だ。

 これは相当手慣れてるな。


「それでは、お話中失礼しました。ごゆっくりどうぞ♪」


 すっと頭を下げてマナが去っていく。

 その底抜けの明るさで多少空気がマシになっていたおかげか、ぐう、と誰かの腹の虫が鳴いた。


「……」

「……」

「……」


 互いに自分ではないと視線で牽制をしつつ、誰からともなく笑顔がこぼれた。


「とりあえず食うか」

「ええ」

「そうですね」


 それから口々にいただきますと唱え、食事に手をつけるのだった。

 ちなみにきのこのパスタは醤油とにんにく味。

 醤油なんてものはこのファンタジー世界に存在しないはずので、これも恐らく誰かの狂気こだわりの産物だと思う。

 どうなってんだ、人間の食への執念。




 ◆ ◆ ◆




「さて」


 食事を終えると、雰囲気はだいぶいつもの通りに戻っていた。

 いつの間にやらという感じだが、結局食事は重要ということだ。

 さっきのように空きっ腹であれこれ考えたところで、いい方向には向いていかないのだろう。


「とりあえずさっき聞いたことはエリスに伝えようと思うが……異論は無いか?」


 クエストの内容がほとんどフレーバーテキストである以上、とにかく話を進めないことには仕方ない。

 呪いの件は本人も知りたがっていたので、今のところ進展を求めるならこれが一番可能性が高いだろう。

 とはいえ、エリスにとってはかなり酷な話になるので、どうしたものかという状況だ。


「あれを血の繋がった人間がやったって考えると……ん、私だったら知りたくないわね」

「私もです。……ですが、ここで何もしなければ話が終わってしまいます」

「そうなんだよなぁ……」


 当然狼狩りについても話さなきゃいけなくなる。

 もっと言えば、これを伝えることでエリスとエリセの関係も変わってしまうかもしれない。


「……って、あれ。そういえば、聖女は<<レムナントウルフ>>と一緒に育てられるってのはどこから出てきたんだ?」

「呪いで視力を失ってから決めたんでしょう。形だけでも反省を示しておこう、って意味もあるかもね」

「あー……確かに。教会なんだからいろんな方法で呪いを解こうとしただろうし、それがダメなら結局はそういう形に落ち着くか」

「まるで双子のように名付けられる、ってエリスさんも言ってたから、私はそうだと思ってる」


 かつて虐殺を行った<<レムナントウルフ>>との共生、それを贖罪というにはあまりに自己満足が過ぎる。

 それすらも呪った張本人である聖女の思惑だとすれば……まあ、納得はできるな。

 代々受け継がれる盟約、望まぬ約定――俺が受けた呪いである【盲目の烙印】のテキストとも矛盾していない気がする。


「とりあえず本人に確かめてみるか。どんな内容でも受け入れる覚悟があるか、って聞いて」

「……それ、実質答えは一つよね」

「んー……そこが難しいところ」

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