第63話 魔女②

「はぁぁ……」


 適当に入った飯屋。

 もはや何を出す店なのかも分かっていないほど憔悴しきっていた俺たちは、席に着くなり一斉に溜息を吐きながらテーブルに突っ伏した。


「……いやぁ、重い」

「私、こんな気持ちでゲームやるの初めてかも……」

「……私もです」


 口々にそんなことを言いながら、体にのしかかる気怠さに負けて誰もメニューに手を伸ばさない。

 そんなことをしていたせいか、耐えかねた店員が直接注文を取りにきたので、適当に全員分のおすすめ料理を頼んでおいた。


「……食欲ある?」

「あんな話を聞いた後だとね……」

「はい……」


 あれからニーナに聞かされたのは、聖女の公開処刑の他に大規模な狼狩りが行われたということ。

 森中を捜索し、とにかく目につく限りの<<レムナントウルフ>>を殺し尽くしたそうだ。


「魔女のしもべ、か」


 両目を潰された元聖女が魔物の住む森で生き長らえ、狼を従える魔女となった。

 ……それはきっと、聖女の妹の主観でしかない。

 <<レムナントウルフ>>は敵意を示さない人間には友好的だ。

 聖女は俺が森で出会ったような群れに助けてもらい、共生していたんだろう。

 魔法で火を起こせば分けてもらった野生動物の肉を調理できるし、ちょっとしたケガや病気なら聖女の力ですぐに治せる。

 <<排絶の黒百合>>が群生する住処なら外敵に襲われる心配もないし、半年程度ならどうにかなったはずだ。

 そして、そんなところを恐らくは<<排絶の黒百合>>を採集しにきたであろうシスターに見つかってしまった。

 敵意を示せば<<レムナントウルフ>>は襲い掛かってくる。

 そうなれば後はもう、殺し合うしかない。


「<<レムナントウルフ>>狩り、そして自分の姉であるはずの元聖女の公開処刑……なんでそこまでする必要があったのかしら。話すことくらいはできたと思うのだけれど」

「……多分、怖かったんだろうな」

「え?」


 顔を上げたコヨリがこちらを見る。


「自分の婚約者を誘惑した、なんて言いがかりをつけた自覚があったんならなおさらだな。そんな酷いことをしたんだから、姉は絶対自分に復讐を考えてるって思ってても無理ねぇだろ」

「だからって……実の姉でしょ?」

「実の姉だからだよ。聖女が誰からも信頼されていたのは妹である自分が一番よく知ってる。もし生きて戻ってきて、あの時の真実を語られたら今度は自分が姉のようになるかもしれない――そう考えてたんじゃねぇかな」


 だから<<レムナントウルフ>>を根絶やしにし、魔物と交合して魔女に堕ちたなんて嘘で徹底的に信頼を貶め、確実に死んだことが確認できるように公開処刑までした。

 

「姉の方に復讐の意思があったかなんて関係ない。生きていることこそが恐怖だったんだ」

「全部自分のしたことなのに……」

「まあ、その結果盲目の呪いって形で自分に跳ね返ってきたわけだがな」


 ……ああ、そうか。


「俺さぁ……なんでこの呪いの効果が盲目なのか、分かった気がするわ……」

「目を潰された報復じゃないの?」

「これは俺の勘でしかないけど、そっちはどうでもよかったんじゃねえかなって。……ああいや、どうでもよくはねぇだろうけど、聖女も街を追放されるところまでは受け入れてたと思うんだ」

「勘……ね」


 コヨリが意味深な視線を向けてくる。

 さっきもそうだが、それだけで何となく察してくれているのが分かった。


「問題はそこから。森で死ぬ気でいたはずの聖女が<<レムナントウルフ>>と遭遇して、それから一緒に暮らすようになった」


 恐らく自決用に持たされていたのが<<懺悔の霊雫>>だろう。

 当代の聖女を殺すことで信徒の信仰心が揺らぐのを嫌い、自分から死ぬように仕向けた形だ。

 モンスターに嬲り殺されるか、飢えに苦しんで死ぬか、あるいは自ら毒を飲んで苦しまずに死ぬか。


「半年後に見つかった聖女はきっと訴えたはずだ。自分たちに敵意は無い、これからもずっと森で暮らすから狼たちに手を出さないでくれ、と」

「そんなこと……」

「ああ、もちろん妹が信じるわけがない」


 そして狼ともども魔女として殺されることになる。


「だから、今こうして慎ましく暮らしていただけの自分たちが魔女とのその僕に見えるなら、お前の目こそ必要無い。何も見えず、人に触れられない体となり、獣と一緒に暮らすことでそれを思い知れ――」

「……」

「ってのが、この呪いに込められた憎悪のように思う。……まあ、ただの俺の予想でしかないが」


 苦々しい顔で溜息を吐いたコヨリが再びテーブルに突っ伏したくらいで、二人からは特に他の意見は無い。

 とはいえ、今ここで正解を探る必要はないし、国語のテストのように明確な正解を求められることもないだろう。


「お待たせしました~♪ 本日のおすすめメニューをお持ち……って、えぇ……」


 と、注文の料理を持ってきた女の子を、テーブルに満ちるの空気で困惑させてしまうのだった。

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