第71話 その連鎖を断ち切って⑤

「ちょっ、えっ……!?」


 そんなコヨリの慌てる声が聞こえた後、白いふわふわの塊に取り囲まれた。


「わぷっ……お、おい……!」


 じゃれるように体を擦りつけてくる<<レムナントウルフ>>の子狼たち。

 サレーネに押し倒された俺の腕や足に乗っかったり、顔を舐めたり、サレーネにまで飛びついたりと、相変わらずやりたい放題だ。

 

「お前ら……やめっ……今は、ちょっ……!?」


 そんな言葉が通じるはずもなく、子狼たちは各々が好き勝手に行動している。

 このままだとこいつらまで攻撃に巻き込まれる……と思ったが、その瞬間が来ることはついぞ無く、周囲に浮いた土塊は音を立てて地面に落ちた。


「サレーネ……?」


 顔を舐めてくる子狼に顔を遮られながらも、こちらを見下ろすサレーネと目が合う。

 それはどこか毒気を抜かれたような、何かを諦めた表情をしているように見えた。


「……<<レムナントウルフ>>は、<<排絶の黒百合>>と似たような毒を微量ながら体内で作っているらしいの」

「え?」

「だから、もしも殺してその血を浴びれば、どんなに洗い流したとしても彼らにその毒の匂いを嗅ぎ取られる。敵だと認識されるってことね」


 ……なるほど。

 アルケーオンラインに流血表現は無いが、このゲームがそれを考慮していないとは思えない。恐らくそのルールは俺たちにも適用されていることだろう。

 返り血を浴びたわけでなくとも、討伐した時点で同じ状態になるようマスクステータスのようなものが追加されるのかもしれない。


「この子狼たちがあなたに懐いているのは、あなたがこれまで一匹たりとも<<レムナントウルフ>>を殺さなかったということ。……野生の狼だから危険だと断ずることなく、対話を選んできたということよ」

「まあ、そうだな。これから仲良くなろうってやつの同類相手に、やっぱ攻撃する気になれなかったし」

「……そう」


 スッと肩から重みが消える。

 気づけば、のしかかっていたサレーネが俺の上からいなくなり、子狼の一匹に愛おしそうに鼻を擦りつけていた。


「もういいのか? 復讐は」

「……あなたこそいいの? まだ間に合うわよ。私を殺せば呪いは解ける」

「でも、もしお前を殺したらこいつらに嫌われちまうんだろ?」

「そうなるわね」

「だったらいいや。そもそも俺、呪われてるからって別に不便があるわけでもねぇし」

「……聖女の目も見えるようになるとしたら、どう?」

「あー……」


 その可能性は考えていなかった。


「見えるようになるのか? 本当に?」

「ええ。聖女という存在に絶望して、一緒に生きてきた家族を失って、これまでの自分の全てを失うことで初めてこの世界が見えるようになる。素敵な計らいでしょ?」

「そして呪いだけが次代に……ってわけか。そりゃあ……残酷だな」

「けれど、あなたより前の人間たちは、生きるために私を殺すことを選んできた。呪いの真実を知ってなお、その苦しみを後世にも味わわせることをね」

「まあ、生きるか死ぬかの状況での判断を批難する気にはならねぇな」


 人間だって生き物である以上、目前の死から逃れるためならどんなことだってするだろう。

 そんな状況でも理性的に、自分のなすべきことをなせる人がすごいというだけで、普通の人間は間違ったこともしてしまう。

 それが当たり前で、それが普通だ。


「……でも、あなたはそうしなかった」

「今回はこいつらに助けられる形になったが、本当はエリスに俺たちの話を聞かせて、割って入ってもらう気でいたんだ。だから君をここまでつれてきて、その時を待ってた」

「けど、間に合わなかったみたいね」

「いいや? こいつらが早かったってだけで、エリスもちゃんと来てるよ」


 上体を起こして指差した先。

 そこにはコヨリに体を支えられ、見えない瞳でこちらを見ているエリスの姿があった。


「エリスにまとわりついてたのが、外に出てきて俺がいることに気づいて、今度はこっちにきたって感じだろうな。まあ、エリスのおかげでもあるし、こいつらのおかげでもあるわけだ」


 手近な一匹の頭を撫でてやると、自分にもやってほしいとばかりに次から次へと子狼が押し寄せてくる。

 俺の方も手当たり次第に撫でてやるが、もはや何が起きているのか分からないほどカオスなことになってしまった。


「あの、わたし……」


 エリスが口を開く。


「わたし、ここで一晩考えてみたんです。これからどうすればいいのか、どうすればあなたに……償いができるのか」

「……」


 サレーネは黙ってエリスの言葉を聞いていた。


「レイさん……わたし、知っていながら、あなた方に黙っていたことがあるんです」

「え?」

「わたしの母は……自殺だったそうです。ある日から目が見えるようになり、以前から交流のあった男性との間にわたしが生まれた後……わたしの目が見えていないと知らされるや、その翌日……自らの手で命を絶ったと」


 呪いは終わってなどいなかった。

 そして、今度は自分の娘がその呪いに苦しむ番。

 ようやく絶望を乗り越えた頃、つきつけられる残酷な現実に、恐らく心が壊れてしまったのだろう。


「……ですから、わたしの償いは、きっとここで無為に命を落とすことではないと、そう思うのです」

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