第61話 呪いの起源⑦

「82年前……ねぇ」


 コヨリが管理記録を見ながら苦い顔をして言う。


「なんかまずいのか?」

「もう2,30年……ううん、せめて10年手前なら当時を覚えてる人が生きてるかなって思っただけ」


 もし16歳の俺が82年前にいたとしたら、今は98歳ということになる。

 これが10年手前なら88歳か――確かに、88歳と98歳の差は大きい。

 生きていたとしてもその時の出来事をきちんと覚えていて、コミュニケーションも取れないといけないんだ。

 正直、コヨリの言う通り条件はかなり厳しいように思う。


「もしかしたらカサディス教会のNPCなら知っている人がいるかもしれないけど、記録にも残さないような事件を部外者である私たちに話してくれるかどうか……」

「……それでしたら、なんとかなるかもしれませんよ」


 俺とコヨリが同時にシアを見ると、彼女は表情を変えずに自分を指差す。

 いや、正確には自分の細長く尖った耳をだ。


「えっと……?」

「……お二人とも、アルケーオンラインの公開されている設定は読みましたか?」

「「読んでない」」

「……」


 俺とコヨリが口を揃えて答えると、シアが呆れたように嘆息する。

 俺はつい先日ろくな下調べもしないまま始めたためそんな暇はなく、コヨリは多分そういうのをしっかり読み込むようなやつじゃない。

 けれど、シアの言いたいことは何となく理解できた。


「この世界の設定として、エルフという種族は一般的な人間に比べて肉体の成長が遅く長命だそうです。それを反映してか、自キャラにエルフを選ぶとレベルの上がり遅くステータスの伸びも悪いので序盤はだいぶ苦労しますが……まあ、つまりはそういうことです」

「あ、そうか! じゃあ、カサディスシティにいるエルフのNPCに片っ端から82年前の事件について聞いていけば……!」

「はい。教会で聞き込みをするよりは可能性があるかと」


 これがゲームである以上、クリアできるように作られているのだから当たり前ではあるが、詰んだと思われる状況で攻略の糸口が見えた瞬間はやはり楽しい。

 それが通常のプレイに影響しない設定やフレーバーテキストによるヒントだとなおさらだ。


「よし、いってみっか!」




 ◆ ◆ ◆




 それから街に出た俺たちは聞き込みを行っていく。

 と言っても、街を歩いて見かけたエルフに片っ端から声をかけていくというのは非効率が過ぎる。

 一定の年齢以上、かつその間ずっとこの街に住んでいる必要があるのだから、可能性があるといっても厳しい条件であることに変わりはない。

 なら、どうするか。


「カサディスシティに住んでるエルフの知り合いを紹介してほしい? いや、そりゃまあ何人かはいるが……」

「ちょっと昔のことを調べてまして、当時を知ってる人に話を聞きたいんですよ」


 街の人については街の人に聞け――ということで、人から人へ伝っていって最終的に目的の人物へ辿り着こうという作戦だ。

 全員がきちんと会話のできるNPCで、まるで今日まで生きてきたかのように一人一人が歴史を持っているからこその方法である。


「82年前の事件? ああ、それなら知ってるわよ」


 そして目論見は大当たり。

 エルフにはエルフの知り合いが多いとのことで、半日も立たないうちに俺たちが求めていた人物に行きついた。

 ニーナと頭上に名前が浮かぶNPCの女性はぱっと見て三十代といったところだが、この外見で既に100歳を優に超えているそうだ。

 すげえな、ファンタジー。


「ただ、あんまりいい記憶じゃないわね」

「……というと?」

「あら、もしかして知らないで来たの? 私はてっきり……」


 そう言って、ニーナは街のどこからでも見ることができるカサディス大聖堂に視線を向ける。


「……もしかして、話しちゃいけないことだったり?」

「ううん、全然? ……あ、けど、教会の偉い人はこの話をされるのを嫌がるかもしれないわね。多分、無かったことにしたい過去だろうから」

「いったい何があったんですか?」


 コヨリが横から出てきて本題を促す。

 言いにくいことらしいから無理もないと思いつつ、俺も話の先が気になって仕方なかった。


「……ああ、ごめんなさいね。ちょっと回りくどかったかしら。ただ、あなたたちみたいな若い子に聞かせるには重過ぎる話だから」


 ごほん、と一つ咳払い。

 それから昔を思い出すように目を細めると――


「82年前のあの日、公開処刑されたのよ。当時のがね」

「……え」


 公開処刑、そして聖女。

 おおよそ繋がりようもない二つのワードに思考が止まり、それ以降の言葉が出てこなかった。


「言ったでしょ? 話しちゃいけないことじゃないって。公開処刑の後で箝口令なんて出しても意味ないもの」

「でも……どうして、聖女が処刑なんて……」


 動揺を見せつつもなんとか言葉を絞り出すコヨリ。


「罪状は教会への反逆、そして魔物との交合――」


 コヨリとシアがはっと息を飲んだ気配。

 次から次に出てくる信じられない事実の数々に、俺自身も意識しなければ呼吸さえ忘れてしまいそうだった。


「……なんて、昔はただただ気持ち悪かったから処刑されて当然って思ったけど、今にして思えばおかしなことだらけだったわ」

「……おかしな、こと?」

「一度は両目を潰されてレスティナ大森林へ放逐されていたそうなの。なのに、なぜかわざわざ連れ戻して公開処刑だなんて……どう考えても変でしょう?」

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