第60話 呪いの起源⑥

「わたしの母も目が見えなかった、というのはお伝えしましたよね。さらにその母……わたしの祖母もそうだったと聞いています」

「つまり、エリスさんのお母様が始まりでなければ、もっと昔……40年以上前から既に呪いは存在したと」


 コヨリの目配せに頷いたシアが<<聖瓶>>の管理記録のページをめくっていく。


「40年か……」


 <<懺悔の霊雫>>を再びインベントリから取り出してみる。

 箱の中に入れられていたとはいえ、黒ずんだり欠けたりしている装飾に透明度を失ったガラス――そして中身もとっくにダメになっているであろう様を見ると、確かにそのくらいの年月は経っていそうだ。


「だからわたしたち聖女は、こうして幼少の頃から<<レムナントウルフ>>と共に育てられるのが習わしとなっているそうです。エリスとエリセ、まるで双子のように名付けるのもそのためですね」

「ということはエリセも19歳……<<レムナントウルフ>>って長生きなんですね」

「そうなのでしょうか。わたしはこの通り本を読めないので、生態にはあまり詳しくなくて……」

「あ……すみません」

「いえ、お気になさらないでください」


 となると、エリセはエリスの母親と一緒に生きた<<レムナントウルフ>>の子どもだったりするんだろうか。

 まさか野生から連れてくるのもアレだし、可能性はあるかもしれない。

 何より血筋とか重要視してそうだしな。


「えっと……では話を戻して。これもまた配慮の無い質問で申し訳ないんですけど、お母様やお婆様について、何か悪い噂を耳にしたことは?」

「悪い噂……とは?」

「……呪われるような何かをした、とか」


 ばつが悪そうに顔を伏せるコヨリ。

 嫌な役回りを押し付けて申し訳なく思う。

 後できちんと謝って、その後にお礼を言っておこう。


「いいえ、わたしは聞いたことがありません。……ただ、親族であるわたしには聞かされないことだと思うので、その事実が無かったとは断言できませんが」

「そう……ですよね」


 考えてみれば当たり前だ。

 ……だが、それはいくら質問したところでエリスから何らかのヒントが出てくる可能性が低いことを意味しているわけで。


「……ありがとうございました。質問は以上です」


 コヨリもまたその結論に行きついたのか、かぶりを振りながらエリスへの質問を切り上げた。


「お役に立てなかったようですね……すみません」

「いいえ。こちらこそ、失礼な質問をしてしまって……」


 気まずい空気が書庫に流れる。

 はあ、と溜息をつき、やや憔悴しているように見えるコヨリの肩を叩いた。


「お疲れ。外でエリセでも吸ってきたらどうだ?」

「ちょっと、タバコみたいに言わないで……でも、ごめん。そうさせてもらうわ」


 そんな彼女の背中を見送って、一人黙々と管理記録に目を通すシアの元に行く。


「シア、どうだ?」

「厳しいですね。年に数回の制作と廃棄以外、移動、譲渡、売却、紛失、破損、盗難などの変化は不規則で、かつどれも普通に見える理由が添えられています」

「普通に見えるかぁ……なんかあったとしても誤魔化されてそうだな、それ」

「ええ」


 表向きの記録として処理されているなら追いかけようがない。

 NFTみたいに個別に番号でも振っててくれれば分かりやすいものを。

 さて、どうしたものか――


「……あれ」

「どうした?」

「レイさん、こちらを」


 シアが指差す箇所に視線を向ける。


「日付は……82年前か。で、状態は……っと、さすがに昔すぎて文字が掠れてんな……」

「違います。もっとよく見てください」

「え?」


 何も書かれていない場所に顔を近づけてみたところで、シアの言った意味が分かった。


「……いや、掠れてるわけじゃない。最初から状態と理由が書かれてねぇんだ」

「はい。個数がマイナスされているので数が減ったことは分かるのですが……破損や盗難はまだしも、紛失なんて隠したいであろう失態まできちんと記録しているのに、ここだけ何も書かれていないというのは変です」

「管理者がどう書いたものか迷って、結局内容を伏せることにした……とか?」

「はい、ありえますね。つまり、それほどのことが82年前に起きた」


 二人でエリスを見る。

 こうした記録にさえ影響を及ぼすほどの大事件があったなら、聖女という教会でも上位の立場であろう彼女が知らないというのも考えにくい。

 恐らくこれはエリスには伝えられていないこと。

 つまり、聖女の血筋の誰かが関わっているということでもある。


「繋がってきたな」

「はい」

「よしコヨリを……呼ぶのは、もう10分くらい後にするか。念のためもう少し遡ってみて、同じような記録が無いか見てみてくれ」

「分かりました」

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