第59話 呪いの起源⑤

 シスターネルから教えてもらった目録を元に探してみたところ、<<排絶の黒百合>>の毒に関する本を見つけた。

 たった一滴口に含んだだけで体の感覚が末端から消えていき、やがてゆっくりと心臓が止まり眠るように死に至る――その苦しみの少なさから主に安楽死に使われる。

 という毒の効果や製法、用途が書かれたもので、呪いとは直接の関係が無い。

 調査は振り出しに戻ったかのように思えたが――


「ねえ、エリスさん。今この毒って大聖堂で保管されてたりする?」


 俺から本を奪い取り、じっくりと読み込んでいたコヨリが何かを思いついたらしく、そんなことを聞く。


「いいえ、少なくともわたしの知る限りではありません。ご存じの通り、ただそこにあるだけで危険なものなので」

「だったら瓶は?」

「え、瓶ですか? それなら……はい、もちろんありますよ」

「そ。なら……探すべきは毒じゃなくて……」


 本を置いたコヨリが何冊もある目録を開いては閉じていく。


「何を探してんだ?」


 探すべきキーワードを見つけたような動きに、思わずそう訪ねていた。


「待って、多分この辺に……あった」


 コヨリの指差したページに視線を落とすと、<<聖瓶>>の管理記録が記された本の場所が示されている。


「<<聖瓶>>はシスターたちが何か月も祈らないと作れない教会の重要な品なんだから、使うにしろ場所を移すにしろ誰かに渡すにしろ、しっかり記録に残していると思ったの」

「あ、そっか……!」


 こくりと頷くコヨリ。


「で、レイが持ってきたこれはだいぶ昔に教会から持ち出されたものでしょ。時期的に合いそうな記録を辿っていけば、当時のことが分かるんじゃないかって」

「確かに……頭いいんだな、コヨリって」

「……別に。同年代より少しだけそういうシステムに詳しいってだけ」


 コヨリはそう言ってばつが悪そうにそっぽを向く。

 ただ単に褒めただけなんだが……なんか訳アリって感じか? この反応は。


「ほら、私のことなんていいから。さっさと探しに行きましょ」

「お、おう」


 ぱたん、と目録を閉じたコヨリが席を立って歩きだす。

 シアと顔を見合わせてから、俺たちはその後を追いかけた。




 ◆ ◆ ◆




 <<聖瓶>>の管理記録は通常の書棚とは別の棚にあった。

 そりゃそうだ。本というよりは日記みたいなもんだからな、用途が違う。

 そこはつい最近も本の入れ替えが行われたらしく、さっきまで探していた書棚よりは埃っぽくない。


「えっと……瓶、瓶、瓶……あった、これね」


 コヨリが棚から一冊の本を取り出す。

 背表紙はボロボロ、ページの紙も茶色く変色していて、だいぶ古いものだということが分かる。


「……これ一冊だけかしら。探すのは楽でいいけど」

「そんなに頻繁に使うものじゃないからページが埋まらないんじゃないか? ちょっと開いてみて……ほら、記録があるのは前半だけで後半は真っ白だ」


 危険物を持ち運ぶための瓶なんてそうそう使う機会は無いんだから、当然といえば当然だ。

 ひとまず最新の日付を確認してみると、今から一年ほど前にどこかの街の貴族に売却されたことが分かる。

 これだけ巨大で豪勢な教会なんだ。

 維持にもそれなりのお金がかかるだろうから、寄付だけではやっていけないのかもしれない。

 なんだかんだ世知辛いな。


「呪いはエリスのお母さ……母親も持ってたって言ってたわよね。だったらもう少し過去に遡る必要があるかしら」

「そもそもエリスっていくつなんだ?」

「さあ……聞いてみたら?」

「え、なんで俺が」


 そんなに親しいわけでもない、それも推定年上の女性に年齢を聞くのはさすがに気が引けるんだが……


「……はいはい、私が聞くわよ」


 そんなに嫌そうな顔になっていただろうか。

 俺の表情を見て呆れたように嘆息したコヨリがそんなことを言う。

 そこでいったん本を閉じて、三人でエリスのいるところまで戻った。


「あの、私にも見せてもらっていいでしょうか?」


 途中、そう言うシアに本を預ける。

 パラパラと歩きながら目を通すシアに、不意にあの時の光景が重なる。

 いや、そりゃそうだよな。

 ハルカは受付嬢――手元の本をめくるモーションは標準搭載だ。

 メガネとヘアバンドを外してもらったおかげで最近はだいぶ慣れてきたが、こういう偶然の一致は心臓に悪い。

 ……っと、今は目の前の集中しないとな。

 ぶんぶんと首を振って頭を切り替え、歩いていく二人の後に続いた。


「エリスさん、不躾な質問をしても?」

「え、はい。答えられることであれば」

「ありがとうございます。今おいくつでしょう」

「わたしの歳ですか? 19です」


 若い。

 と年下の俺が思うのも変な話だが、コヨリと同じく落ち着いた雰囲気があるのでもっとずっと大人だと思っていた。


「では、エリスさんを生んで亡くなったというお母様の年齢は?」

「えっと、たしか22だったと聞いています。……あの、なぜそこで母の話が?」


 こほん、と一つ咳払いをするコヨリ。

 それから少し言葉を選んで――


「呪いの起源を辿ります。あなたのお母様についても少し聞かせてもらいたくて」


 そう告げるのだった。

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