第58話 呪いの起源④

 パラパラと紙をめくる音だけが書庫に響く。

 こういうしらみつぶしのような果てしない作業をしていると、元いた世界のデジタルアーカイブを恋しく思う。

 関連しそうな単語で検索したら一発だもんな。


「ごめんなさい、ちょっと休憩してくるわ」


 とコヨリが手元の本を書棚に戻しながら言う。

 そのまま外に出ていったので、狼成分でも補充しに行ったのだろう。

 どちらかといえば単純作業も苦に感じないタイプだが、さすがに俺も効率が落ちてきたな。


「俺らも休憩するか、シア」

「はい、レイさんがそう言うなら」


 別の書棚の前にいたシアに声をかけ、エリスのいるあたりのイスに腰を下ろした。


「お疲れ様です、レイさん」


 一息ついていると、いつの間にか背後に立っていたシアが肩を揉んでくれる。

 凝り固まった筋肉がほぐされていく感覚はなんとも心地よく、時々変な声を出してしまう。


「あの……な、何をされているので……?」


 すると、何を勘違いしたのか赤い顔をしたエリスがそんなことを聞いてくる。

 こっちとしては全くそんな気はなかったしシアの側も同様だろう。

 首だけで後ろを向くと、肩越しに不思議そうな表情のシアと目が合った。


「いや、普通に肩揉んでもらってただけだど……」

「え、ええっ……!? そう、なんですか……? す、すみません……わたしったら……」


 あえて何を考えていたのかは聞くまい。

 まあ、こんな環境ならそういうことへの免疫もできないだろうし、過剰な反応になるのも無理はないのかもしれない。

 あまりにもいたたまれない空気になったので、これ以上続けるのはアレかと思いシアにもイスに座ってもらった。

 何か飲みたい気分だが、こんな紙だらけの場所ですることじゃないな。

 コヨリが戻ってきたら交代で外に休憩にいくか。


「あのー……」


 と、不意に扉が開き、そこから見知った人物が顔を出した。


「ネルじゃないか。この前はありがとな」

「あ、いえ。こちらこそ、その節はどうも」


 エリスの居場所を教えてくれたシスターネル。

 実はエリスに喋ってしまったのだが、一応秘密ということになってるので必然的にこんな曖昧な挨拶になる。

 そんなやり取りがおもしろかったのか、エリスがくすりと微笑んだ。


「外にいらっしゃった方にお話を伺ったのですが、書庫で何かをお探しなんですよね」

「あー……まあ、そんなところだ」


 聖女の呪いにまつわる件について、なんて言っていいものか迷い、結局適当に同意する形になる。

 もし大丈夫ならエリスの方から話すだろうから、俺はこのくらいでいいだろう。


「何をお探しかは存じ上げませんが、もしまだ見つけられていないのであれば、目録をご覧になってはいかがでしょう?」

「目録?」


 はい、と頷いたシスターネルは、俺たちがまだ探していない戸棚から分厚い本を取り出し、両手で重そうに抱えながらそれを机の上に置く。


「こちらと、あの棚に入っている同じような本が目録です。どんな本がどこにあるかが書かれています。きっとお探しの本を見つける一助となるでしょう」

「そんな便利なものが!?」


 思わず叫びながら立ち上がってしまい、周囲から人差し指を口にあて静かにするよう求められる。

 俺たちしかいないんだから……と思いつつ、何も言い返せないのでゆっくりと席に座った。


「これで書庫の本を全部確認する……なんてことにはならなくなったな。助かったよ、ネル」

「いえ、聖女様がご一緒なのであれば、それはきっと主もお許しになったことなのでしょう。そして、私がこの場に居合わせたこともまた主の御心」


 ああ、この者たちを祝福したまえ、と続けて両手を合わせ祈るシスターネル。

 主とやらの存在についてはともかく、彼女に再び助けられたというのもまた事実。


「ありがとな、ネル。また助かっちまった」

「いいえ、むしろお礼を言うのはこちらです。あなたは私との約束を守ってくださったようなので」


 そう言ってエリスへと視線を向けるネル。

 そういえば話を聞いてやってほしい、ってことだったな。

 元からそのつもりだったんだからお礼を言われるのも変な話だが、そのお礼として助けてくれるというならこっちとしては非常にありがたい。


「では、お邪魔になってはいけないので私はこれで。聖女様、失礼いたします」

「ありがとうございます、シスターネル。今日も良き一日でありますよう」

「ええ、聖女様も」


 目が見えないエリスにも律儀に一礼してから去っていくネル。

 扉を開けてすぐそこにいるエリセに微かにビビりつつ、こちらにも一礼してから歩いていった。


「何かあったの?」


 エリセの隣に座り込んで撫で回していたコヨリ。

 捜査が大きく進んだことを告げて、もうひと頑張りと気合いを込めるのだった。

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