第57話 呪いの起源③

「さて……」


 ここからは恐らく誰も知らない領域。

 これまでは他のプレイヤーが通ってなさそうな道を選び続けてきたが、果たしてどうなるか。

 ひとまずクエストメニューを開いて内容を確認する。


<<クエスト>>

「盲目と、排絶と、呪いと」


◇ユニーククエスト

解かれざる呪いは何故生じ、誰を蝕んだのか。

盲目とは、排絶とは。

その答えの全ては、既に忘却の彼方に。


「コヨリ、シア。やっぱりユニーククエストが始まったぞ」

「やろうと思っても絶対やらないことのオンパレードでようやく始まるクエストって……趣味が悪いにもほどがあるわね」

「ですが、前人未到のクエストです。さすがですね、レイさん」


 呆れるコヨリと嬉しそうなシア。

 確かにこの遠回しすぎる隠し方は趣味が悪いと言う他ない。

 とはいえ、ユニーククエストという文字列に俺も心を躍らせているのもまた事実。


「ただなぁ……」


 通常のクエストと違い、クエスト内容が完全にフレーバーテキストだ。

 レスティナ大森林で<<排絶の黒百合>>を探し聖女エリスに渡せ、というような具体的な指示が無いので、何をすればいいのかも分からない。

 それでも、これまでのやり取りから推測はできるわけで。


「エリス」


 そう名前を呼ぶと顔を上げるエリス。


「君、言ってたよな。聖女の血が呪われた理由を知りたい、償いができるならしたい、って。その気持ちは今も変わらないか?」

「ええ、もちろんです」

「よし、じゃあ協力してくれ。まずは……そうだな、この二つのアイテムについて、知ってることを教えてもらえるか? カサディス教会由縁のものってことは、あれが何かも知ってるんだろ?」


 エリスがその手の<<懺悔の霊雫>>をきゅっと握る。


「この瓶は……先ほどお渡ししたコインと同じく、わたしたち聖徒が何日も……何か月もかけて祈りを込めたものです」

「ってことは、毒や呪いに強かったり?」

「その通りです。強い毒も安全に封じ込め、腐食からも守ります。これは……ずいぶんと古いもののようで、その力もほとんど残っていませんが」


 中身が黒くベタついているように見えるのはそのせいか。

 多分その祈りとやらも機能しておらず、普通の小瓶と変わらないもののようだ。


「で、これの中身に心当たりは?」

「<<排絶の黒百合>>から抽出される毒、でしょうね」

「……」

「浄化する際に花から流れ出る液体は、本来であればあの神殿の中で長い時間をかけて自然に還すのですが――」


 なるほど、それで神殿は公園のようになっていたのか。

 そりゃあ普通の人は立ち入れないわけだ。


「それをその小瓶に詰めることもあると聞きます。詳細は存じませんが、過去に何度かそうしたことがあると」

「……そういうの、記録に残ってないのかしら」


 コヨリが顎に手をあてながら言う。

 確かに、エリスが誰から聞いたのかは分からないが、語り継がれるからにはその大元となる記録があるはず。


「わたしには無縁の場所でしたが、書庫にご案内しましょうか? もしかしたら、コヨリさんの言う記録もあるかもしれません」

「ええ、ぜひ」


 口元に笑みを作ったエリスは俺に<<懺悔の霊雫>>を返し、エリセに合図をしてから立ち上がる。


「やるな、コヨリ」

「私も気になるから。こういうの、ちょっと楽しい」


 そう言って微笑んだコヨリはちゃっかりとエリセの隣について歩き始める。

 本当に好きなんだな、狼。


「行きましょう、レイさん」

「だな」


 そして、俺とシアもその後に続くのだった。




 ◆ ◆ ◆




 エリスの案内でやってきた書庫は、ちょっとした本屋くらいありそうなほど大きな空間だった。

 デジタル化が進んで久しい昨今、これだけ多くの紙の本を拝める場所なんてそうそうない。

 息をするたびに紙独特の匂いと埃が鼻をつき、少しむせそうになる。


「すみません、わたしを含め、訪れる者が少ない場所ですから……きっと掃除も行き届いていないのでしょう」


 ぶしゅ、と軽くくしゃみをしたエリセがぶるぶると身体を振る。

 やめろやめろ、埃が立つから。


「エリセ、ごめんなさい。あなたは部屋の前で待っていてくれますか? その……あまり本によくないと思いますので」


 ぽんぽん、と背中を優しく叩かれたエリセがか細く鳴き、とぼとぼした足取りで書庫を出ていく。

 コヨリはそれを悲痛な面持ちで見守っていた。

 たまに撫でに行ってやれ、それくらいはいいだろう。


「……と言っても、この通り、わたしにもできることはありません。ですので、用が済むまではどこかに座って待っていますね。何か質問があれば答えますので」

「分かった。さすがに部外者だけが書庫にいるって状況はマズいもんな」

「ええ。あなた方を信用していないわけではありませんが、すみません……」


 そう言ってエリスが手探りで歩き始める。

 あんまり来ない場所って言ってたから、物の配置も分からないのかもしれない。


「エリス、近くのイスまで連れてくよ」

「えっ? ……あ、そ、そうですね。レイさんでしたら大丈夫です。お願いします」


 普段から人に触れないため、誰かに案内してもらうという発想が無かったのだろう。

 とりあえず、肘を掴んでもらうといい、という聞きかじっただけのネットの知識を元にエリスを導くのだった。

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