第55話 呪いの起源①

「で、あなたはまた独断で行動して、誰も知らない<<レムナントウルフ>>の巣に行っていた……と」


 夜、カサディスシティの広場にて。

 俺はなぜか往来のど真ん中で正座をさせられていた。

 プレイヤーからもNPCからも、とにかく周囲の視線が痛い。


「た、多分【盲目の烙印】持ってるやつしか行けなかった場所だろうし……」

「それでも、馬鹿な真似をする前に連絡くらいはできたはず」

「はい……仰る通りです」


 素直に非を認めて頭を下げると、コヨリは呆れたように溜息を吐く。


「……あなたなら大抵のことは一人でどうにかできるんでしょうけど、もしもがあったらどうするの」


 口調こそいつも通りだが、その声色には諭すような優しさがあった。


「危ないことをする時はせめて連絡して。お願いだから」

「……そうだな、すまん」


 そう言って謝るとコヨリから手を差し伸べられる。

 ひとまずこれで水に流せたということで、俺はその手を取って立ち上がった。


「それはそれとして――」


 すこん、とシアの縦チョップが額に降ってくる。

 今までずっと無表情で立ってるな……と思っていたらこれだ。

 何も言わなかっただけで、しっかり思うところがあったらしい。


「私はレイさんを信じていますが、レイさんにも私を信じてほしいと思っています。何も言ってくれないのは、信じられていないと感じてしまいます」


 そんなつもりは無いが、その言葉を飲み込む。

 恐らくこの状況では何を言っても言い訳にしかならないだろう。


「……ですが、あなたがゲームに夢中になる気持ちは理解できます。そんな風に、いつだって楽しそうにプレイするあなたを私は尊敬しているのですから」

「まあ、うん……自分が初めて見つけたフィールドだから、すげーワクワクしたしすげー楽しかった」


 そう白状すると無表情だったシアがふっと微笑む。

 そしてもう一度、今度は先ほどよりも軽く縦チョップを額に決めると、一歩下がって頭を下げた。


「今日のところはこれで許してあげます。無事帰ってきてくださったので、私にはそれで十分です」


 はぁ、と安堵の息を吐く。

 二人の心配は正しい。

 どれをとっても、一歩何かが違っていれば命の危険があったかもしれない状況だった。

 俺がこれまでにどれだけゲームをやってきて、どれだけ知識があるかなんて関係ない。

 大丈夫だという確信がない、さらに助けてくれる誰かもいないという状況で無謀なことを繰り返せば、いつかはきっと痛い目に遭う。

 今回はただ単に運がよかっただけだ。


「ま、反省してるならいいわ。……狼の子どもに囲まれたって話は容認できないけど」

「それはいいだろ別に……」

「よくないわ。後でその話も詳しく聞かせてもらうから」 

「えぇ……」

「……そんな楽園があるなら、いっそ私も呪われてみようかしら」


 ぼそっと呟いたコヨリに、さすがに大丈夫だとは思うが心配になる俺だった。




 ◆ ◆ ◆




 翌日。

 レスティナ大森林の奥地で見つけた<<朽ち果てた宝石箱>>と<<懺悔の霊雫>>、そして<<排絶の黒百合>>を持ってカサディス大聖堂へと向かう。

 教会の中を通って中庭へ出ると、昨日と同じ場所にエリスとエリセがいた。

 と、まだだいぶ距離があるにも関わらず、ぴくりと起き上がったエリセが一目散にこちらへ駆け寄ってくる。


「なんだ? あいつ、何をそんなに慌てて……ってぇ!?」


 問答無用で飛び掛かってくるエリセ。

 一歩後退して半身になり寸でのところでそれを躱す。

 しかし、そこで終わるエリセではなかった。

 回避はしたものの、呆気に取られる俺の腹目掛けてその巨体で体当たりを仕掛けてくる。


「ちょっ、待て待て! だからなんだって!?」


 その気になれば避けられただろうが、困惑の方が大きく足がもたつき直撃。

 体をくの字に折り曲げながら吹き飛ばされるのだった。


「ぐへっ! だ、だから何を……のわぁっ!?」


 尻もちをついた俺にのしかかってくるエリセ。

 昨日は触られるのをやんわり嫌がっていたような感じだったのに、今日はなぜか全身を擦りつける勢いで匂いを嗅いでいる。


「もしかして、仲間の匂いがするからじゃないかしら」


 いつの間にか隣に来ていたコヨリが、エリセの背中を撫でながらそんなことを言う。


「ああ、そういうこと? 確かにずっと教会暮らしっぽいからな、お前」


 試しに首元に手を伸ばしてみたが、エリセは逃げなかった。

 シロとは少し違う手触りだ。

 都会でいいものを食べてるせいか、毛並みが整っているし獣臭さもない。


「みんな元気にしてたぞ……って言っても、多分知らねえか。なんか小さいのもいっぱいいたから、まあ幸せに暮らしてんじゃねえかな」

「……」


 そう言うと、エリセが匂いを嗅ぐのをやめてじっとこちらを見つめる。


「どうした?」

「ぼふ」


 そして、小さく吠えたエリセはべろりと俺の顔を一舐めしてエリスの元へと戻っていった。

 なんだあいつ、突然犬っぽい行動して。


「って……くっさ!」


 獣は獣だった。


---

あとがき


昨日はメインシナリオとか、その他もろもろシナリオ周り担当させていただいているゲームの公式生放送にお呼ばれしていたので更新なしでした。

今回レイ君が代わりに頭下げたから許して。

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