第54話 レスティナ大森林④

「うーん、気にはなるが、さすがにあからさますぎるような……」


 初見殺しを死んで覚える所謂“死にゲー”というジャンルのゲームなら、間違いなくあれに触れた瞬間この場の<<レムナントウルフ>>たちが一斉に敵対モブになって襲い掛かってくるやつだ。

 ゲームであればリトライすればいいが、アルケーではそうもいかない。

 それなら、何かあってもいいようにコヨリとシアを呼ぶか?

 ……いや、仮に【盲目の烙印】を受けていることがここに来られる条件だとすると、二人を呼び寄せたところで<<レムナントウルフ>>と敵対する可能性が高い。

 つまり、これはある種の試練だ。


「……こいつらを信じられるかどうか、ってところか。ったく、底意地が悪い……」


 さっきまで装備していた直剣は置いてきているが、インベントリにはまだ大鎌がある。

 この数が相手でも、数を減らしつつ逃げればコヨリとシアに合流することはできるだろう。

 ただ、できれば戦いたくはない。

 最初から敵対していて向こうから襲ってくるならまだしも、今はこっちが勝手に住処に入り込んで家探ししているような状況だ。


「うちのギルドもなんだかんだ狼に縁があるしなぁ……」


 ついてきていた子狼の頭を撫でる。

 嬉しそうに尻尾を振ってじゃれついてくるこいつらにも段々と情が湧いてきた。

 かといって無抵抗に殺されるってのも……うん、やっぱり違うわけで。


「はぁ……迷ってても仕方ねぇか」


 うだうだ考えるのをやめていい加減覚悟を決める。

 どのみち罠と分かっていても、俺はこの状況なら絶対にあれを手に取る。

 どれだけ熟考を重ねたところでそれは変わらないだろう。


「あのー、ちょっとこれ見せてもらいたいんすけど……いいっすかねぇ?」


 なんて、一番近くにいた<<レムナントウルフ>>の顔色を窺いつつ、へこへこと頭を下げながら朽ちた小箱に手を伸ばす。

 頼む、何も起きないでくれ……! 頼む!


「っ!」


 ちょん、と指先が触れた瞬間後方に飛び退いて周囲を窺う。


「……」


 何事かというような様子で、子狼たちがまん丸な目を見開き、足を止めてこちらを見ている。

 襲われる気配は……今のところ無い。


「何も……起きない?」


 いやいや、そう見せかけて小箱を開けるのがトリガーの可能性もある。

 そろりそろりと小箱に近づいていき、なるべく蓋に触れないようにしながら今度はきちんと手に取った。


<<アイテム獲得>>

 朽ち果てた宝石箱


<<朽ち果てた宝石箱>>

◇クエストアイテム

何の変哲もないただの宝石箱。

その箱には長い年月が刻まれており、

元がどんなものだったのか不明。


「アイテム獲得メッセージが出て何も起きないということは、ひとまずは大丈夫、と。で、中身は……」


 軽く振ってみると中でカラカラと音が鳴る。

 宝石箱というからには宝石が入っているのかもしれないが、この音や振動の感じは石じゃない。


「……ええい、ままよ!」


 もはやヤケクソ気味に宝石箱の蓋を開く。

 中に入っていたのは――


「小瓶……?」


 入れ物の中に入れ物とは。

 経年の影響で黒くくすんではいるが、無駄に豪華な装飾が施された小瓶を手に取ってみて、アイテム獲得メッセージの出現を待った。


<<アイテム獲得>>

  懺悔の霊雫


<<懺悔の霊雫>>

◇クエストアイテム

汝、その罪を悔い改めるなら、

この一滴でもって今生の穢れを清めよ。


これは慈悲である。

再びの生に祝福があらんことを。


「……中身が何かなんて……まあ、このフレーバーテキストを見る限りアレしかないよなぁ」


 清めだの慈悲だの祝福だの書いているが、要するにこれは自決用の毒薬だろう。

 蓋が開けられておらず、中身も黒く濁った何かになっているが、恐らく使われてはいない。

 そんなものを<<レムナントウルフ>>たちが必要とするはずはなく、ここに運び込む理由もない。

 後は、なぜこの宝石箱がこんなところにあるかだが――


「呪われた聖女、人を襲わない狼、その住処にある自決用の小瓶……なーんか繋がってきたな」


 宝石箱と小瓶をインベントリに収納する。

 後はこの仮説をどうやって追いかけるかだ。

 とはいえ、ひとまずはエリスの元へ<<排絶の黒百合>>を届けないとな。

 それから今手に入れた二つのクエストアイテムを見せて、続きのクエストがあるのかどうかを確かめる必要がある。

 仮説の検証はそれからでもいいだろう。


「よし、じゃあ帰るとするか」


 あんまり採りすぎるのもよくないと思い、いろんな場所から<<排絶の黒百合>>を10本ほど失敬する。

 それからシロのところに立ち寄って軽く頭を撫でつつ、ずっとついてきていた子狼たちをなすりつけた。


「連れてきてくれてありがとな、シロ。森の浅いところに出てくると誰かに見つかるかもだから気をつけろよ。そんで、静かに暮らせー」


 言葉が通じないことは分かりつつ、わざわざそんなことを言ってから<<レムナントウルフ>>たちの住処を後にする。

 そんな俺の後ろ姿を、シロは大きな欠伸をしながら見送ってくれるのだった。

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