第53話 レスティナ大森林③

 シロを追いかけ鬱蒼と茂る木々の間を抜けていくと、薄暗い森の奥に突然光が見える。

 そのまま進むと、岩壁のそばの開けた場所に出た。

 なぜここだけ木が生えていないのかは謎だが、岩壁に開いた洞穴が<<レムナントウルフ>>たちの住処になっているらしく、シロ以外にも何頭かが休んだり運び込んだ獲物を食べたりと、各々が思い思いのことをしている。

 俺の姿を認めるもほとんどが大して気にする様子すらなく、近寄ってくるやつも遊び相手を見つけたように尻尾を振っていて、まるで敵意が無い。


「あー……なるほどな」


 ふと目に入ったのは、まるでこの一帯を取り囲むように群生している黒い百合の花――<<排絶の黒百合>>だ。

 さっき聞いた話では強い毒があるらしいから、それ以外の草花が育たずここだけぽっかり穴が開いたようになっているのかもしれない。

 もしかしてこの付近に<<トロール>>も<<ワイルドボア>>も出現しないのって、この花を嫌がっているからか?

 これは推測にすぎないが、<<排絶の黒百合>>が<<レムナントウルフ>>の快適な生息域を作り、<<レムナントウルフ>>のフンや食べ残しや死骸なんかが<<排絶の黒百合>>にとっては生育しやすい環境になっているのだろう。

 現実世界で言う共生関係というわけだ。


「おーよしよし……って、おいっ……こら、顔を舐めるなって……! くすぐったいだろ」


 気づけば複数の<<レムナントウルフ>>たちにまとわりつかれていた。

 よく見ればエリセやシロよりも小さく……と言っても柴犬の成犬くらいのサイズはあるが、まだ子どもの個体らしい。

 そのせいか警戒心が無く、屈んでいた俺の肩によじ登ろうとしたり、股の間に潜って匂いを嗅いだり、撫でるための伸ばした手を複数匹で甘噛みしたりとやりたい放題だ。

 シロよりも体毛が柔らかくふわふわなおかげで全身がこそばゆい。

 いやうん、こういうのも悪くないな。


「って……あれ、そういやこれって大丈夫なのか? 毒の花と一緒に育ってるような狼に顔を舐められるのって、相当ヤバい気がするんだけど……」


 というか、そもそも野生の動物という時点で色々マズいだろう。

 不安になってステータス画面を睨みながら片手に毒消しを構えていたが、しばらく待ってみても結局毒状態にはならなかった。

 その間も顔を舐められ腕を甘噛まれ背中では寝られという状態だったし、これで大丈夫ならきっと大丈夫なのだろう。

 そう思うことにする。


「……で、お前は俺をここに連れてきてどうしたかったんだ? まさか子守をさせるために呼んだんじゃねぇだろうな」


 と、俺の横で退屈そうに座っていたシロに話しかけてみるが、当然話が通じるはずもなく大きな欠伸を返される。

 確かに子犬……ならぬ子狼にじゃれられる体験もさせてもらったし、<<排絶の黒百合>>も結構な数持ち帰れるしでいいことづくめだが、シロの目的が分からない。

 別段人間と仲のいい種族ってわけでもないだろうし――


「あ」


 ふと【盲目の烙印】の「烙印を受けた者は友好的な魔物・獣との対話に補正を得られる」というテキストの一文を思い出す。

 これがその補正を受けた結果であるなら、このデバフ自体にもきちんと意味があったわけだ。

 もし<<レムナントウルフ>>と敵対してしまったなら、<<排絶の黒百合>>は入手できるもののここへは来られずクエストはそこで終わり。

 ターゲット機能を失っているからと他の誰かに頼んだり、店売りのアイテムで済ませても同様の結末になる。

 【盲目の烙印】を受けた者がきちんとこの森を訪れ、エリセで予習した通りに<<レムナントウルフ>>と友好的に接することでしか辿り着けない場所――

 それがここであるなら、きっと何かがあるはずだ。


「おーい、下りてくれ。ちょっと行きたい場所があるんだ」


 背中にへばりついていた子狼をずるずると下ろして立ち上がった。

 探す場所なんて最初から決まっている。

 あの洞穴だ。

 一見雨風を凌ぐためのただの横穴だが、奥に何かが隠されている可能性が高い。


「ユニークアイテムとかだと嬉しいが……さてさて」


 内心ワクワクしながら洞穴に向けて歩き始める。

 <<レムナントウルフ>>たちにとっても家と同義の大事な場所だろうから、怒られる可能性も考慮してゆっくりと近づいていく。

 しかし、そんな心配も杞憂に終わった。

 結局まとわりついてくる子狼を延々と引き剥がし続けていただけで、周囲の狼たちはこちらに見向きもしない。

 信頼されているのか、あるいは脅威とみなされていないのか。

 あっさり辿り着いた洞穴の入り口で、俺は一度足を止めた。


「さすがに中は暗いな……明かりは持ってないが、とりあえず入ってみるか」


 ひとまず足元にだけ注意して進んでいく。

 中はそれなりに広く直線的だ。

 そのおかげで外の明かりが奥まで届き、真っ暗闇ということにはなっていなかった。


「ん?」


 と、最奥で肩を寄せ合うようにして伏せていた狼の傍らで何かが光っている。

 どう見ても人工物のそれは酷く朽ち果てているが、小さな箱のように見えた。

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