第52話 レスティナ大森林②
「あー……何となく読めてきたな」
聖女のクエストを受けたということは、間近でエリセを見ているということ。
クエストの関連性としてはこれ以上ない。
つまり、あいつを倒せば<<排絶の黒百合>>をドロップする可能性が高いだろう。
「でもなぁ……」
頭をかきながら、こちらをじっと見つめている狼を見やる。
名前は……<<レムナントウルフ>>か。
恐らくエリセも同じ種類の狼なのだろう。
レムナント……意味は残滓、残骸、ねぇ。
こっちも随分と意味深な名前だ。
「普通はここで倒して町に戻り、納品して終わり……なんだろうが」
うーん、エリセと戯れた後だと攻撃しにくい。
いや、俺は触れなかったんだけど。
……というか、向こうも向こうでモブにもかかわらず攻撃してこないのは変だ。
基本的に敵対モブは視界に入ったり、嗅覚や聴覚などでこちらの存在を知覚された時点でターゲットを取られる。
相手が狼ならそもそも匂いで近くにいることがバレていただろうし、今もこうして向かい合っているわけで、本来なら茂みから出てきた時点で襲われているはず。
もしかして敵対してない? とも考えたが、今はターゲットが使えないので確かめようがない。
「賭けにはなるが……まあ、あいつを信じてみるか」
少しの躊躇の後、俺は再び腰についた直剣の鞘を外して後方に放り投げる。
教会内ならともかく、ここは際限なくモブが湧くフィールドだ。
目の前の<<レムナントウルフ>>さえ敵対モブでないと断定できていない今、これは自殺行為に等しいが、何かあったらその時はその時でどうにかしよう。
そのまま腰を下ろして地面に座り込み、向こうの出方を待つ。
「さて、神殿に入ったのも前代未聞なら、一般フィールドで武器を捨ててモブと仲良くなろうとするのも前代未聞だろうな。ここからどうなるかだが……お?」
こちらが武器を捨てたのを見て、<<レムナントウルフ>>がゆっくりと歩み寄ってくる。
警戒はしているようだが敵意は感じない。
エリセの時と同じだ。
「ほーら、大丈夫だからこっちこい」
ゆっくりと右手を伸ばして前に差し出すと、やがてその指先に<<レムナントウルフ>>の鼻先が触れる。
鼻息がかかってくすぐったいのもさっきと同じ。
エリセは結局触らせてくれなかったが、一応これで認めてはもらえたんだよな。
「ブシュンッ」
「どわっ!?」
唾液か鼻水かは分からないが、右手にべっとりと液体が付着する。
あいつ、よりによって俺の手嗅ぎながらくしゃみしやがった!
べたべたの手をどうするか悩み、もったいないが最悪ポーションで洗い流そうと決めた。
「……で、どうなんだ? まさかくしゃみかけられ損ってわけじゃねぇよな」
若干不安になっていると、<<レムナントウルフ>>が俺のすぐ眼前に鼻先を寄せてくる。
これは触っていい……ってことか?
恐る恐るその頭に手を伸ばし、ひと撫で。
「おお……」
体毛はいつか現実で触った犬より少し硬いくらいだが、毛量が多いせいかそれなりにふわふわしている。
ここまでそばに呼ばれると若干どころかかなり獣臭いが、それ以上にモブの狼に触れたという感動の方が大きかった。
「他のVRMMOだと名前つけられたりするんだけどな……まあ、テイマーでもないしさすがに無理か」
ただいつまでも<<レムナントウルフ>>と呼び続けるのもアレなので、俺の心の中では暫定としてシロと呼ぶことにした。
よく見るとエリセより白く見えるし、仮って感じがしていいだろう。
ポチよりマシだと思え。
それからしばらく俺に撫でられるがままだったシロは唐突に俺の手を振り払うと、するりと脇を抜けて背後に回り込み、ぐいと背中を頭で押した。
「っと、なんだ?」
何度も頭突きされた後にいったん立ち上がると、シロがすたすたと歩き始める。
やがて少し行ったところで足を止めると、振り返ってこちらを見た。
ついてこい、ということだろうか。
「剣……は、拾いに戻らない方がいいかもな」
せっかく何かイベントが起きそうなのに、そんなことでフラグが折れたらシャレにならない。
マップでこの位置をマークして戻ってこられるようにだけしておいて、俺は丸腰のままシロの後を追いかけるのだった。
◆ ◆ ◆
それから数分の間、導くように前を進むシロの後について獣道を歩き続けた。
不思議なことに、シロ以外の<<レムナントウルフ>>とはちょこちょこ遭遇するものの、来るまでにあれほどいたモブとは一匹も遭遇していない。
もしかしてここはシロたちの縄張りになっていて、モブは入ってこないとか……そういう感じか?
「しっかし、大森林とはよく言ったもんだな……」
木の葉が重なりすぎて日光が届いていない。
まだ夕暮れには早いはずだが、ここは既にそのくらいの暗さだ。
その影響か空気が湿っぽく、見たことのないキノコもちらほらと周囲に自生していた。
「バウッ」
なんて、そんなことを考えきょろきょろしながら歩いていたせいか、シロとの距離がだいぶ開いていることに気づかなかった。
と、遅いぞ、とこちらを責めるように吠えたシロが不意に走り出す。
「ちょちょっ、ここまできて置いていくなんてしねぇよな!?」
悪かったって! と続け、慌てて俺も走り出すのだった。
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