第51話 レスティナ大森林①

「とりあえず、そういう事情なら俺たちも<<排絶の黒百合>>を取りに行くか」

「よろしいのですか?」

「こっちにも事情があるって言ったろ? そのついでだと思ってくれ」


 俺に発生しているクエストがダミーであれ本物であれ、クリアしてみないことには始まらない。

 もしこれまでのやつらと同じように途中で途切れてしまったら、その時にでも考えよう。

 少なくとも、この神殿に入れているという時点で他とは違うようだしな。


「分かりました。では、お言葉に甘えさせていただきます」

「手に入ったら中庭に持っていけばいいか?」

「そうですね。明るいうちは先ほどの場所にいますので、そこでお待ちしています」


 そう言って口元に笑みを作ったエリスの後に続き、俺たちは神殿から中庭へと戻る。

 外はまだ明るい。

 今から行けば夕暮れには戻ってこられるだろうか。


「コヨリ、<<排絶の黒百合>>を取って街に戻ってくるとなると、時間的にどのくらいかかる?」

「だいたいの場所は分かるけど、攻略サイトを見ないで行くとなると多少は迷うことになるわね。シアは?」

「私も似たようなものです。そもそも行ったことがないので」

「まあ、ギルドメンバーがうっかりクエスト始めちまって……とかじゃない限りは行かないもんな」


 他に使い道があるならまだしも、クエストアイテムならわざわざ取りに行くこともないだろうし。


「急ぐのであれば、プレイヤーマーケットで購入するという手もありますよ」

「あー……昔やってたゲームでもあったな、そういうの」

「もちろん不人気クエストなので、見つからない可能性はありますが」


 アイテムの収集場所まで行くのがめんどくさかったり、2キャラ目の育成で多少金に余裕がある時なんかは、クエストアイテムを購入して進めることがある。

 売る側のプレイヤーもそれを理解しているので、自分のクエストのために収集する傍らで、余分に回収して小銭稼ぎをするのだ。

 結構便利なんだよな、あれ。


「……いや、今回そういうのはやめておこう」

「お金の心配なら――」


 と、インベントリを開き何やら渡そうとしてくるシアを手で制する。


「ああ……そうじゃなくて、これもクエストの一環だと考えたら、現地もちゃんと見ておいた方がいいんじゃないかと思って」

「……なるほど。<<排絶の黒百合>>を取ってこいってクエストなんだから、そのアイテムにも、そのアイテムを収集できる場所にも、きちんとした意味があるかも……ってことね」

「そうそう。実はそこでフラグを建て損なってたり……なんて全然あり得る話だろ?」

「分かりました。……さすがですね、レイさんは」


 そう言って、シアは少し嬉しそうな顔でメニュー画面を閉じる。


「さて、それじゃあ行ってみるか。エリス、今日は明るいうちに戻ってこられないかもだから、明日の朝また会おう」

「ええ、分かりました。ではまた」




 ◆ ◆ ◆




 俺たちはそのままの足でカサディスシティ近くの森――レスティナ大森林を訪れた。

 相変わらずトロールやワイルドボアが出現するが、今回はレベル上げが目的じゃないので、コヨリとシアがサクッと倒して終わりだ。

 しかし、今はさっき戦っていた場所よりさらに奥深くまで入り込んでいる。

 当然木々の感覚は狭まり緑が深くなっているし、頭上の木の葉が日光を遮っているせいで常に薄暗い。

 見通しが悪いのでモブの奇襲には気をつけないとな。


「えーっと……うん、この辺りであってるな」


 クエスト情報画面とマップを見比べながら言う。

 だいたいどの辺にあるのかという情報は載っているが、決して詳細ではないためここからは自分たちの足で探さなければならない。


「手分け……するのが一番かと思いますが、レイさんは大丈夫でしょうか?」

「え? あぁ、ターゲットの話?」

「この人、普段からターゲット機能使ってなかったらしいわ。邪魔になるとかで」

「……じゃ、邪魔……ですか、なるほど」


 困惑するシアに、その反応はごもっとも、と言いたげに肩を竦めるコヨリ。


「レベル上げもこの辺でしてたし、ヤバくなったら全力で逃げて、すぐに助けを呼ぶから。心配しないでいい」

「……分かりました。レイさんなら大丈夫だと信じていますが、何かあればすぐに駆け付けますので」


 少し過保護な気もするが、死んだら終わりなんだから心配し過ぎるということはない。

 パーティ狩りの推奨レベルは満たしているものの、ソロでやるとなれば話は別。

 ひとまず、レベル上げが目的じゃない以上、戦闘は基本的に避けることとしよう。


「さて、と」


 獣道を三方向に分かれて俺たちは歩き出す。

 一度実物を見られたおかげでうっかり見逃すということもないだろうし、サクサク進んでいこう。


「――」


 ふと聞こえた音に、足を止めて耳をそばだてる。

 なんだ、何かの鳴き声か?


「――」


 まただ。

 しかし今度はさっきよりも確かに聞こえた。


「……これ、狼の遠吠えだ」


 その答えに行きついた瞬間、ガサガサと目の前の茂みが揺れる。

 そこから姿を現したのは、エリセ――ではなく、エリセによく似た狼だった。

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