第50話 聖女の呪い③

「さて、これでクエストが始まったわけだが……」


 メニュー画面を開いてクエスト詳細を確認する。

 どうやら普通の収集系クエストのようで、カサディスシティ近くの森――俺がレベル上げをしていた辺りへ行き、そこでクエストアイテム<<排絶の黒百合>>を見つけてエリスに渡せば完了のようだ。


「……あれ、おかしいな」

「どうかした?」


 会話の内容とクエストの内容が噛み合っていない。

 アプローチの方法を変えればクエスト自体も変わるものと思っていたが……何か見落としただろうか。

 ひとまずコヨリとシアにクエスト画面のスクショをメッセージで送り、二人にも確認してもらうことにする。


「……なるほど。私が知ってるクエストね」

「はい、私もです」

「<<排絶の黒百合>>を取ってくるのはそんなに難しくないわ。……もちろんターゲット機能が使えない状態では苦戦するかもしれないけど、他の人に取ってきてもらうこともできるから」

「クエストフラグが立ってなくても獲得可能なアイテムか。うーん……」


 このクエストにもちゃんと意味があって、クリアしなきゃいけないことに変わりはない……とかか?

 もちろん選択肢を間違えた場合のダミークエストが出ているという可能性もあるが、これまでの流れからしてそれは考えにくい。

 なら、早速聞いてみるとするか。


「なあエリス」

「はい?」

「……あー」


 <<排絶の黒百合>>ってどんな花なんだ、と聞こうとして、エリスは目が見えなかったことを思い出す。

 となると違うな、この場合の聞き方は――


「<<排絶の黒百合>>って何に使う花なんだ?」

「ああ、それでしたら……こちらへ」


 立ち上がったエリスは、エリセの背に付けられたハーネスを握って歩き出す。

 歩く速度は決して速くないが、その足取りはしっかりしている。

 もちろん盲導犬……ならぬ盲導狼のおかげもあるだろうが、この教会くらいなら文字通り見なくても歩き回れるのだろう。

 俺たち三人はその後に続き、再び大教会の中へと入る。


「あれ、ここって……」


 そう呟いたのはコヨリだった。

 同じくシアも足を止める。


「レイさん、止まってください。ここから先は進入禁止エリアです」

「進入禁止エリア?」

「ゲーム的に入れないという場所ではありませんが、入るとカサディス大聖堂関連のNPCと敵対状態になります。実質カサディスシティが利用できなくなる、と思ってください」

「もう少し進むと警告が出るから、それ以上先には絶対進まないように。せっかく手に入ったギルドハウスが無駄になるわ」


 そんなレベルか。


「ふふ、そうですね。本来であれば立ち入りができない場所――聖域です。ですが、聖女であるわたしの許可があれば大丈夫ですから、どうぞ遠慮なさらずに」

「って言ってるが?」


 振り返るとコヨリとシアが驚きの表情で顔を見合わせていた。


「……そんなイベント、今までにありましたっけ」

「どこかのギルドが情報を独占してる可能性はあるけど……少なくとも攻略サイトでは見たことないわ」

「これ、実はとんでもないことなのでは……?」

「ええ……そうね……」


 若干引きつつも二人だってゲーマーだ。

 未知のイベントを前に好奇心を抑えきれていない。


「ほら行くぞ。同行状態が切れたら不法侵入扱いになるかもしれないし」

「う、うん」

「はい」


 そうして再びエリスの後ろを歩く。

 しばらく歩いてもコヨリの言う警告は出なかったことから、どうやら俺たちは本当に進入禁止エリアに入れているようだ。


「<<排絶の黒百合>>は、たった一本で十数人を死に至らしめることが可能なほど強い毒性を秘めた花です。ですが、その毒さえなければ様々な病や毒を中和できる薬の材料になります」

「毒と薬は表裏一体、なんて言ったりするもんな」

「ええ、その通りです。ですからわたしたちは、儀式によってその毒を浄化し、花を燃やした灰から薬を作り、必要な方へ届けるのです」


 そして、と続けてエリスが立ち止まる。

 目の前には観音開きの大きな扉。


「俺が開けるよ」

「はい、お願いします」


 重厚なその扉に手をかけて力を込めると、隙間から風が吹き込んでくる。

 そのまま一息に開くと、それまでの豪奢な様相とは一変。

 天井は無く青空が見え、床も壁も石造り。

 水と土と木と――どちらかと言えば中庭に近い自然的な空間があった。


「そして、ここがその儀式の場です。神殿……と言った方が、あなた方には伝わりやすいでしょうか」

「すごい……カサディス大聖堂にこんな場所があったなんて」


 興味深そうに周囲を窺うコヨリ。

 シアも特に何も言わないが、普段より瞳が輝いて見える。

 俺はといえば、神殿の中心に置かれた花瓶――そこに挿された一輪の黒い百合の花に視線を奪われていた。


「あの花瓶の花が<<排絶の黒百合>>か」

「最近は持ってきてくださる方がいないので、なかなか薬が作れず困っています。ですから、今はネルさんが森まで取りにいってくれていて」


 もしかして、さっきすれ違ったのはその途中だったか。


「危なくないのか?」

「え、危ない? ふふ、レイさんはご存じないのですね」

「カサディス大聖堂のシスターは全員が高レベルの魔法使いなのよ。敵対すると実質カサディスシティが利用できなくなる、っていうのはそういうこと」

「全員がか……そりゃすげえ……」

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