第49話 聖女の呪い②

「待った……今“聖女の血筋”を呪うって言った?」

「はい。わたしが生まれた日に亡くなったという母も、同じ“呪い”を宿していたと聞いています」


 聖女の力とやらがどれほどのものか分からない現状、それがどのくらい普通じゃないことなのかあまりピンと来ないが、その辺はよくあるファンタジー系RPGの感じで補完するとしよう。

 要は状態異常耐性が上がるステータス……たとえばVIT頑健に極振りしたようなキャラにも通用する呪い、ということだ。

 それこそ本人の意思に関わらず、触れただけで相手を呪ってしまうほど強力でも何ら不思議はない。


「代々受け継がれていく呪い……ねぇ」

「根が深そうね。そこに込められた怨念も普通じゃない」

「……そういう設定ですよね?」

「うーん、まあそう言っちゃえばそれまでなんだけどさ……」


 そう、所詮は設定だ。

 エリスが生まれたのはこのゲームがリリースされたその瞬間。

 であるなら、そもそもエリスの母親なんてキャラクターは存在しないし、血筋に呪いをかけたという者も存在しない。

 ただのパラメーターであり、ただのステータスだ。


「過去このクエストに挑んだ奴らも、そう考えてたから何も見つけられなかったんじゃねぇかなって」

「……と、言いますと?」


 そんなことを尋ねるシアに、俺は立ち上がってエリスの足元まで歩いていって膝をつく。

 近づきすぎだぞ、とでも言いたげな表情でエリセがこちらを睨んでいた。


「大丈夫、変なことはしねぇよ」


 エリセに伸ばした手は嫌がるように避けられてしまったが、言いたいことは分かってくれたのか攻撃の意思は感じられない。


「たかがゲームのたかがクエスト、たかがNPC、たかがモブの狼――無意識にそう考えて、ちゃんと向き合おうとしてこなかっただろ。そのキャラにも積み重ねてきた歴史があって、俺たちプレイヤーと同じように過ごしてきた時間があるって発想がそもそも無かったんだ」


 ロールプレイもそうだが、のめり込みすぎはよくない。

 こうして実際にキャラクターの体を動かすVR技術が世に出回り始めた頃は、仮想と現実の境界が曖昧になり、どっちがどっちか分からなくなってしまう人間が続出し社会問題にもなったらしい。


「まあ、VRゲームとの付き合い方としてはそれが正解なんだけどな。けど――」

「けど?」

「せっかくこんだけ自然に反応してくれるんだ。もっとちゃんと話してみて、そこからいろいろ調べたり、逆に調べてもらったり……そうやって協力し合える関係を築いていくのが一番なんじゃねぇの? 現実みたいにさ」


 恐らくAIもそれを望んでいる。

 でなければわざわざこんなに複雑なゲームにしない。

 もしエンディングを迎えさせることだけが目的なら、もっと単純でシステマチックな――簡単に言えばいかにもゲーム的な世界になっているはずだ。


「というわけでエリス、君はどうしたい?」

「……? どうしたい、とは?」


 質問の意味が分からないのか、小首を傾げるエリス。


「呪いを解いて、普通に人と触れ合えるようになりたいとか、目が見えるようになりたいとか、そういう望みは無いのかなって」


 エリスははっと息を飲み、それから少し下を向いて押し黙った。

 目元を覆っているので表情は読めないが、真剣に考えているというのだけは雰囲気で分かる。


「わたしは……知りたいです」

「知りたい?」

「はい。最初に呪った聖女本人だけでなく、その血筋の末代まで呪うだなんて……先ほどコヨリさんが仰ったように普通の怨念ではありません。わたしは、その理由が知りたい。そしてその贖罪ができるなら、わたしの生涯をかけて償いたい……そう思っています」


 ……なるほど。

 エリス自身は積極的にこの呪いを解きたいとは思っていない。

 だから、呪いを解こうという目的でクエストを進めても意味がないということだろうか。

 どのみち実際のクエストがどうなのか分からなければ、ここでこれ以上考えても埒が明かない。


「……やっぱり、呪われてみないことには始まらないか」


 振り返ってコヨリとシアに視線を送る。

 それだけで意図を理解してくれたのか、もともと肯定派のシアは頷き、コヨリは「好きにしたら」とでも言うように肩を竦めた。


「それじゃあエリス、その呪いの始まりについての調査、俺たちと一緒にやってみないか?」

「……よろしいのですか?」

「あー……一応白状しとくと、別に純度100%の善意ってわけじゃねぇんだ。こっちにもいろいろ目的があって、エリスを手伝うことがその達成に繋がるかもしれない。だからお互いにウィンウィンってことで、ここはひとつ」


 おどけるようにそう言って、俺は手を差し出す。


「呪いについては気にすんな。解ければ解くし、解けなくても俺は大丈夫。もし協力してくれるなら俺の手を握ってくれ。すぐ目の前にあるから」


 びくりと体を震わせるエリス。

 しばらく逡巡した後、やがて足元のエリセへと手を伸ばした。

 自分はどうすればいいか、その答えを求めるように。


「……そうですね。この方たちとなら、わたしも……」


 そして、決心がついたのか探るように震える手を伸ばし、軽く指先が触れあった後、しっかりとこちらの手を握りしめたのだった。


<<ステータス獲得>>

【盲目の烙印】

聖女の血脈に代々受け継がれる盟約。

望まぬ約定は呪いとなって対象を蝕み、

対価としてその瞳から光を奪う。


烙印を受けた者は友好的な魔物・獣との対話に補正を得られるが、

ターゲットアシストが強制的にオフになり、

スキルの命中補正も0になる。


<<クエスト開始>>

「盲目の聖女、盲目の烙印」

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