第46話 盲目の聖女④

 荘厳なメインホールを抜けて中庭に出る。

 豪奢で煌びやかな教会内とは対照的に、中央には噴水、そして青々とした木々や色とりどりの花壇といった自然が中心の彩りだ。

 手入れはしっかり行き届いているようだが、中庭……というよりはちょっとした公園のようで一瞬困惑してしまった。


「さて、ここから聖女様を探さないとなわけだが……っと」


 見つけたら連絡するという約束を忘れていた。

 正確にはまだ居場所が判明しただけだが、一応ギルドチャットに自分の現在地を示すメッセージを飛ばしてから捜索を開始。

 念のためパーティを組んでいないことも確認して歩き始める。


「まずは噴水のそば……にはいないな」


 ここがちょうど中庭の中心。

 このくらいの広さなら見渡すだけでも見つけられそうな気はするが……という目論見は見事当たった。

 木々の隙間から黒いシスター服が見える。

 ベールの隙間から覗く灰色の髪、両目を覆う白い布の目隠し、そしてその足元にはハーネスをつけた髪色と同じ灰色の大きな狼。

 これだけ条件が一致すればまず人違いということはだろう。


「先に話しかけるくらいはいいか」


 たしか、聖女の素手を握ると【盲目の烙印】を付与されてクエストが始まるんだったな。

 コヨリとシアはまだ来ていないが、一足先に彼女の元へ行く。


「……どなたですか」


 風鈴が鳴るような透き通った声。

 俺が声をかけるより先に、こちらの足音を聞いたのか聖女が口を開いた。


「あなたの噂を聞いてここへ来ました」

「……」


 一定距離まで近づくと、頭上に“烙印の聖女エリス”の名前が浮かび上がる。

 しかし、それ以上は許さないとでもいうように、足元の狼がエリスとこちらの間に立ち塞がった。


「ご安心ください。わたしに危害を加えようとしなければ、この子も何もしません」

「その気は無いので大丈夫ですよ。ただ、お話を聞かせてほしいだけです」

「話……ですか」


 メニュー画面からターゲット機能をオンにして、試しに横を向きながら狼をターゲットしてみる。

 と、体が勝手にそちらを向く。

 ターゲットの分類は……エネミー扱いか。


「昔はたくさんの方がわたしの元を訪れました。あなたと同じように、話を聞かせてほしい……と。ですが、ある日を境にぱったりと途切れてしまったのです」

「そうみたいですね」

「……わたしの“呪い”をご存じなら、どうしてここへ? 今までここを訪れた皆さんにはお伝えしたはずですよ。解呪の術はない、と」


 生憎俺は、そこで「はい分かりました」と諦めるゲーマーじゃないんでね。

 やはり他人のクエストの進行度がリセットされていないようだし、このまま突っ込んだ話をしてみよう。


「っと、その前に」

「……何を?」


 直剣が収まった腰の鞘を外して地面に置く。

 そのまま一歩、また一歩と狼の顔色を窺いながら恐る恐る歩を進めていき、あと一歩でも近づいたらぶっ殺すぞというギリギリのラインを見極め腰を下ろした。

 俺が座ったことで狼の警戒も若干だが揺らぐ。

 そのまま何もしないでじっとしていると、今度は狼の方が恐る恐る俺に近寄ってきた。


「こいつ、名前は?」

「え……? あ、エリセといいます」

「エリスにエリセか。いいコンビだ」


 そう思ったのは本当だ。

 色々聞き出そうというのに俺が余所行きモードじゃ仕方ない。

 ですます調を止めて、素で話すことにする。


「ほーらエリセ、俺はレイ。よろしくな」


 鼻を鳴らしながら近づいてきたエリセにゆっくり右手の甲を差し出す。

 犬への挨拶のやり方だと動画で見たが、狼にも有効だろうか。


「……」


 エリセは俺の顔と手の甲とを交互に見やり、そのまま湿った鼻先で指に触れた。

 生暖かい鼻息がくすぐったい。

 しばらく匂いを嗅いでいたエリセだったが、今度はぐるぐると俺の周りをうろつきだし、服や髪などいたるところに鼻先を近づけていた。


「……驚きました」

「ん、何が?」

「今までにもエリセと仲良くなろうとする方はいましたが、こうして成功したのは初めてです」

「へえ、そうなの?」


 とエリセに聞いてみるも、当然ながら無反応。

 それどころか、じっと見られていたのが不愉快だったのか、「ボフ」と小さく吠えられた。


「これ、仲良くなれたのか……?」

「え、えっと……襲い掛かっていないということは、多分……」


 不安げに言ったエリスの足元へ戻っていくエリセ。

 そして体につけられたハーネスを軽くエリスの足にぶつけると、その場で伏せの姿勢を取った。


「ふふっ、おかえりなさい」

「……仲、いいんだな」

「ええ。生まれた時から目が見えず、さらに触れたものを侵す“呪い”を宿すわたしにとっては、エリセだけが気を許せる相手でしたから」


 なるほど、盲目と“呪い”は生まれつきか。


「……あれ、そういえばネルってシスターのことは?」

「ネルさんに会ったのですか?」

「あー……しまった」


 誰にも言うなと言われていたのについ流れで喋ってしまった。

 まさかこれが原因でクエストが悪い方向に進んだりしないよな……?


「自分から聞いたことは秘密にしてくれって言われてたのに口が滑った……。悪いが君も黙っててくれるか……? 頼む……!」

「……ふふ、ええ。では、二人だけの秘密ということで」


 そう言って、エリスは口元に指をあてて小さく微笑んだ。

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