第47話 盲目の聖女⑤
木陰に腰を下ろしながら吹き抜けていく風を感じる。
今がデスゲーム中でなければ穏やかなひと時だ。
……いや、多分もうそういうのは忘れて、今この瞬間を楽しんだ方がいいんだろうな。
AIに念押しされずとも、これは俺にとって紛れもない現実だ。
だったら余計なことを考えずに、やりたいことをやりたいようにやろう。
せっかく現実そっくりに作ってくれてるんだ。
心地いいなら心地いいで、作り物だとか電子データの塊だとか捻くれず、素直に受け取ればいい。
「……不思議な人」
エリスがぼそりと呟くように言う。
「え?」
「これまでわたしのところに来たのは、“呪い”について尋ねる方ばかりで、こんなに長い時間一緒にいたことなんてありませんでした」
「話さなかったのか? エリセのこととか、エリス自身のこととか」
「わたしのことを聞く方は時々いましたが、エリセについては何も。名前を聞かれたのも今日が二回目です」
まあ、普通にでかい狼ってだけで圧力があるうえに、俺たちプレイヤーから見れば敵性のモブだからな。
近づけば唸って威嚇してくるし、その反応も仕方ない。
でも、俺と同じことをやろうとして失敗したやつらがいたって話だが、そいつらはどうして失敗したんだろうか。
逆にどうして俺だけ成功した? 特にモブと仲良くなりやすいなんてスキルやステータスは無かったはずだが。
「あー……」
頭を悩ませる傍ら、遠くに置かれた直剣が目に留まる。
もしかして、武器を外して近づくことが条件だったとか……?
「……ま、死んだら終わりのゲームで、しかもクリアしても渋いことが分かってるクエストに命は賭けらんねえよな」
「はい……?」
「ああいや、こっちの話」
仲良くなろうって相手に武器を持ったまま話しかけるやつはいない――俺はそう考えただけだ。
意図せずいきなり正解を引き当てたわけだが、たまたま運がよかったというわけでもないだろう。
こちとらNPCが定型文しか返さない頃から毎日のように話しかけてたんだ。
これに関しては年季が違うとしか言いようがない。
「そうだエリス、悪いがもう少し時間あるか? 呪いの話は仲間にも聞かせたいから、そいつらが来た後にしたいんだ」
「ええ、構いませんよ。聖女と言っても血筋による肩書きだけですから、これといったお仕事も無いんです。ですから、時間ならいくらでも」
「そりゃよかった。お前もいいか、エリセー」
話しかけられ顔を上げるエリセ。
しかし鼻を鳴らしてすぐに伏せの姿勢に戻ってしまう。
まあ返事を寄越してくれただけよしとしよう。
「狼……お好きなんですね」
「こう愛想がねぇと意地でも仲良くなりたくなってきた。俺にメロメロにさせてやるからな」
「ふふ、頑張ってください」
俺の言葉が分かっているのかいないのか、当のエリセは我関せずといった様子であくびをしている。
コヨリが来たら狼と仲良くなる方法でも聞いてみよう。
「おーいエリセ―、撫でてやるからこっち来いよー。大鎌使うために上げた俺のTEC値の高さ見せてやるぞー」
「……なにやってるの」
俺自身も地面に伏せてエリセと同じ目線になっていると、頭上から声が降ってくる。
顔を上げると、ゴミでも見るような目でこちらを見下ろすコヨリが立っていた。
「いや、こっちの狼は呼んでないんだが?」
「呼んだでしょう。だから来たんだけど」
「……そうでした」
これ以上は怒られそうな雰囲気だったのでおとなしく引き下がった。
と、立ち上がったエリセが再びこちらにやってくる。
もちろん俺に撫でられるためじゃなく、コヨリを牽制するためだ。
「エリセ、こいつは俺の友達だから大丈夫だ。今武器を置かせるから」
「え、何?」
「コミュニケーションの基本だろ、仲良くなりたいなら武器を置けって。あと狼と仲良くなる方法教えて」
「……」
困惑した表情で装備していた長刀と短刀を地面に置くコヨリ。
そして俺の隣に座って溜息を吐いた。
「……これ、意味あるの?」
「さあ? でもコヨリ、狼好きだろ?」
「それはそうだけど……でも、あれって……」
そう言いつつエリセに興味津々なコヨリ。
そして、エリセがこちらの匂いを嗅ぐ距離まで近づいてくると、驚きの声を漏らした。
「すごい、本当に来た……。前にいろいろやってみた時は全然ダメだったのに」
……コヨリも失敗したうちの一人だったのか。
いやまあ、触れるものならどうにかして触りたいだろうからな、コヨリは。
「武器を置くだけでいいならもっと早くに試しておくんだったわ」
「敵性のモブ相手にはちょっとやりづらいよな」
「モブ……ね」
言いながら、コヨリも俺のように右手を差し出し匂いを嗅がせていた。
些か表情に緊張が見えるが、同時に興奮の色も見える。
「このクエストが見つかった当初、どうにかしてこの子を倒せないかって話になっていたそうなの」
「倒す? なんで?」
「さあ、それでクエストが進むって考えたのかも。NPCが連れているモブだから、何も無くてもどうせリポップするだろうって」
こういうVRMMOのNPCは基本的に攻撃可能で、何なら殺害することもできる。
すぐにリポップするうえ、そのNPCの関連する組織と敵対関係になるというデメリットしかない行為だが、信じられないことに実行するプレイヤーは後を絶たない。
「ったく、酷ぇことするやつがいたもんだ」
「……それが、ギルド単位で挑んで返り討ちにあったのよ」
コヨリの指を一舐めして、自分から撫でられにいくエリセ。
その光景と直前に聞いた話とが噛み合わず、頭からは混乱だけが吐き出されていた。
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