第45話 盲目の聖女③
翌日。
ギルドハウスの模様替えをいったん後回しにして、俺たちは大教会付近で件の聖女を探していた。
教会というだけあってシスター服を着たNPCはたくさんいるが、恐らくはどれも違う。
コヨリの話だとハーネスをつけた大きな狼を連れているらしいので、うっかり見逃すことは無いだろう。
「……あ」
ふと、あることを思いつく。
「あの、すみません」
「はい?」
俺は道行くNPCの一人――シスターのネルに声をかけた。
聖女だと言うなら彼女たちが居場所を知っているかもしれない。
試したことは無いが、NPCがこちらの言葉に対し自然な受け答えができるなら、聞いてみる価値はある。
「狼を連れた聖女さんを探してまして、どこにいるか知りませんか? この辺にいるって話を聞いたんですが……」
「……」
無言のまま固まるシスターネル。
やはりNPC相手のやり取りとしては少し難易度が高かっただろうか。
「あ、申し訳ありません……えっと、その……ですね……」
そしてきょろきょろと周囲を見渡し、近くに誰もいないのを確認すると俺の耳元に顔を寄せてくる。
「我々シスターの間では、その聖女様のことは他言してはならないことになってまして……」
「あー、なるほど……」
「ですので、私から聞いたと黙っておいていただけるのであれば……場所をお教えします」
なんと。
もともとそういうキャラクターだと言ってしまえばそれまでだが、融通の利くNPCというのも新鮮で妙な感動を覚える。
「いいんですか?」
「はい。何を求めて聖女様とお会いになるのかは分かりませんが、こうして主があなたと私とを引き合わせたのであれば、きっと何か重要な意味があるはず。私はそれを信じます」
「……もしかして、あなた以外に聞いてたら教えてもらえなかった?」
「そうでしょうね。規則が……というより、他の皆さんは聖女様を恐れて積極的に関わろうとしませんから」
なるほど。
触れるとマズいのはプレイヤーに限らず、NPCにも何らかの影響があるのかもしれない。
それが呪いの類として扱われているなら当たり前か。
このアルケーにおいて、プレイヤーにだけ効いてNPCには無効だなんておかしな話だ。
「その……なぜ聖女さんが恐れられてるかって聞いてもいいですか?」
この会話がいけるなら、と少し突っ込んだことを聞いてみる。
果たしてどうなるか。
「知らずにお会いになろうとしていたのですか?」
「……ええ、まあ」
「そう、ですね……何やら事情がありそうですし……でも、うーん……」
困ったように考え込むシスターネル。
やっぱりすごいな。
こちらの意図をある程度察して、返答に困っているような素振りまで見せてくる。
「……すみません、私からお伝えするのはここまでにしておきましょう。後は聖女様ご本人からお聞きください」
「分かりました。すみません、無理を言って」
「いえいえ……あっ、聖女様の居場所でしたね。あの大聖堂には中庭がありまして、普段はそちらにいらっしゃいます。まも……狼を連れているので、すぐに分かるかと」
魔物、と言いかけたな、この子。
世界観的に狼も魔物に分類されるのか、あるいは狼に見えるだけで本当は魔物に分類される生物なのかは分からないが……まあ、今それはどうでもいいだろう。
「そこって俺が入っていい場所なんですか?」
「ええ、礼拝にいらした方にも開放しているので、誰に許可を取る必要もありませんよ」
「よかった、ありがとうございます。それじゃあ」
と言って早速向かおうとしたその時だった。
「あ、あの――」
シスターネルに声をかけられる。
「もしよろしければ、聖女様のお悩みを聞いてあげてください。少し前まではこの辺りをお散歩されていたのですが、最近はずっと中庭にいて、外出されなくなってしまったので……」
「……え?」
「聖女様を訪ねられる方が減ったのが原因なのかな……とも思ったのですが、聖女様は話してくださらなくて……」
そうだ、考えてみれば話が違う。
コヨリとシアは大教会付近にいる、と言っていたが、シスターネルは大教会の中庭にいると言った。
それに「少し前まではこの辺りをお散歩されていた」というシスターネルの言葉……これは俺が聞いていた話の通りだ。
つまり、プレイヤーの行動によってNPCの状態が変化し、それを他のNPCも認識しているということ。
そして、そんな状態がリセットされずに残っているとなれば――
「……やっぱりユニーククエストっぽいな、これ」
「はい?」
「ああいや、なんでもありません! 分かりました、話を聞いてみます」
「そうですか……! では、よろしくお願いいたしますね」
そう言って恭しく頭を下げたシスターネルが去っていく。
……なるほど、今のような情報はNPCに話しかけなければ得られない。
単にアップデートで聖女の出現場所が変わっただけなら、恐らく今のような会話にはなっていないだろう。
こういうVRMMOのNPCは、よほどの重要人物でなければ同じ発言を繰り返すただの賑やかし、もっと言えば街の風景の一部でしかない。
だから今までこの変化に気づく者もいなかったわけだ。
「だとすると、やっぱりNPCとのこういう会話が次のクエストを解放するのに必要なのかも……」
NPCを軽視し過ぎるな、ということだろうか。
まあ、脇役でも背景でもなく、そこに生きている一人の人間だと考えれば、確かにその通りではある。
AIの言葉とも矛盾しないしな。
「……こうNPC絡みで物事が上手く運ぶと、君との時間も無駄じゃなかったのかもな」
なんて昔のことを思い出し、教えてもらった大教会の中庭へと歩を進めるのだった。
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