第43話 盲目の聖女①

「目を持っていかれるって……」


 いや、あんた見えてるじゃん、と直接口にはしなかったものの、暗にそう言いたげな視線を送る。

 店主はこくりと頷いて、俺たちが食べ終わったどんぶりの片づけを始めた。


「そうだな、目は見えている。だが、だ」


 いきなり何を言い出すんだ、と思っていたのはどうやら俺だけだったようで、コヨリもシアも何やら得心顔で大教会を見上げていた。


「あぁ……そうか、ここって……」

「はい。カサディス大聖堂――例のクエストの出現場所です」

「例のクエスト?」


 発生条件が特殊なクエストでもあるのだろうか。


「一時期話題になったのよ。クリアは簡単、報酬も大したことないごく普通のクエストなんだけど、なぜか致命的な“後遺症”を背負わされる極悪クエストがあるって」

「後遺症? なんだそりゃ」

「PvPでもPvE対モンスター戦でもターゲット機能が強制的にオフになって、スキルの命中補正もゼロになる――つまり、そういうゲームシステム的な補助に頼らずに、自力で攻撃を当てるしかなくなるってこと」


 こういうVRゲームは現実の物理法則に忠実なものの、ゲームであるからにはそれなりのスピード感や非現実的な動きが求められる。

 それらをとことん排し可能な限り現実に近づけた硬派なコンテンツにも一部で需要があるが、やはり基本はアルケーのようなスキルあり魔法ありステータスありの“現実っぽいファンタジー”ゲームの方が主流だ。

 そして、そんなゲーム的なシステムをカバーするのもまたゲーム的なシステムである。

 自分も敵も動きが速すぎてお互いに攻撃が当てられない――そんな状態ではゲームが成立しないので、ターゲットしている相手に体が自動で正面を向いたり、スキルや魔法が誘導したりという補助が必要なわけだ。

 当然その補助が無くなれば後は自前のキャラコン技術や動体視力、先読みの力でどうにかするしかない。

 特に動きの速い対人戦においては一人だけ暗闇の中で戦うようなものだ。

 ……なるほど、それで目を持っていかれる、ね。


「ごめんなさい……あまりに有名な話すぎて、言われるまで忘れていたわ。皆当たり前のように知っていると思って」

「私もです。確かに、この辺りで活動するなら気をつけておかなければなりませんね」

「でも、そんな有名な話ならなんで今俺に……って、ああ、俺が未だに初期装備だからか……」


 ラーメン屋の店主が深く頷く。

 初心者だから知らないだろうと気を遣ってくれたわけか。


「そりゃあ、普通はそんなことになったらキャラとして終わりだもんな。ましてやログアウトできない今、そのまま生きていかなきゃならないとなれば……あ、もしかして」


 そこでふと思い至る。


「おじさんがここでラーメン屋やってるのって、そのせいで狩りとかに行けなくなったから……ですか?」

「いや、これはただの趣味だ」


 ……ああ、さいですか。

 いやまあ、これが趣味じゃなかったらなんなんだって話でもあるが。




 ◆ ◆ ◆




「うーん、なんか引っかかるなぁ……」

「何がですか? レイさん」


 屋台からの帰り道、ふとそんなことを呟いた俺にシアが尋ねてくる。


「その極悪クエストってやつの話。アルケーがどういう仕様になってんのか分かんねぇけど、クエスト絡みのデバフ? って普通はクリアしたら消えるもんだろ?」

「そうですね。ただ、クリア後に何も無いんですから、それ以上どうしようもないじゃないですか」

「んー……ちなみにそれ、どういう内容なんだ?」


 シアの言うことももっともだが、俺は全く納得がいかない。

 そんなに有名なものならどちらかが詳しく知っていると思い、ネタバレになると分かりつつも気づけばそんなことを聞いていた。


「カサディス大聖堂付近に、灰色の大きな狼にハーネスを付けた盲目の聖女が出現するの。それで、会話を進めていくと彼女の手に触れる機会があって、そこでうっかり触れてしまうと自キャラに【盲目の烙印】が付与されてクエストが始まるわ」


 狼の絡む話だからかコヨリの食いつきがいい。

 しかし、【盲目の烙印】……か。

 それがターゲットできなくなるステータスの名前だろう。

 固有名つきのデバフで、その名前も相当意味深……この感じ、ますます――


「レイの考えていること、当てましょうか」

「うん?」

「あのAIがそんな意味もないクエストを作るはずがない。だから、実はメインクエストに繋がる重要なクエストなのかも……でしょう?」

「まあ、半分正解ってところか。メインクエストまで行くかどうかはともかくとして、ユニーククエスト絡みなのは間違いないと思うんだよな。多分何かのフラグを立て損ねてるとかで、次のクエストが出てないだけだったり」


 中途半端な終わり方だと思っていたクエストが実は未完で、ゲームを進めているうちに突然そこに繋がったりして、再度話が始まるなんてことは往々にしてある。

 この調子だと悪い印象が広まりすぎて誰も継続して受けてないだろうし、調べてみる価値はあるかもしれない。

 コヨリの言う通り、メインクエストに繋がったらラッキーくらいの気持ちで。


「……レイ、あなた今バカなこと考えてない?」

「やってみてもいいかなって思ってるが」

「あのねぇ……話聞いてた? システム的なターゲット補助を失うのよ? しかも元に戻る保証なんて無いわけだし」


 呆れたように溜息を吐くコヨリ。

 まあ、それはそれで別に構いやしない。

 なぜなら――


「ああ、俺基本的にターゲット補助オフだから。ほとんど影響無いんだ」

「……へ?」

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