第39話 ギルドハウス①

 セントタウンが始まりの街であるなら、カサディスシティは中継の街だ。

 街並みはセントタウンとそれほど差は無いが、初心者上がりから上級者まで、幅広い層が立ち寄る。

 ちょうどレベルが伸び悩み始めるエリアというのもあり、この街で足踏みしているというプレイヤーも多いだろう。

 俺たちもここを拠点に活動することで環に出会えないかという考えだ。


「ノーラの店に行けなくなったのは寂しいけど、仕方ないか」

「まあ、セントタウンにはすぐ戻れるから、店の味が恋しくなったら顔でも出しに行こう」

「そうね」


 すっかり空は暗くなり、街灯が灯りだした夜の街をコヨリと並んで歩く。

 行きつけの店を失ってしまったことを寂しく思いながら、シアと合流するべく待ち合わせ場所へと向かう。

 MMORPGには、ショップや設備、主要な狩り場やインスタンスダンジョンへのアクセスなど、様々な面で他の街より劣っていても、活動の拠点には必ず最初の街を選ぶというプレイヤーがなぜか一定数存在する。

 VRゲームよりさらに以前、それこそ2Dの見下ろし型MMOの時代からある伝統なんだとか。

 これはゲームあるあるかもしれないが、久しぶりにゲーム内で初めて訪れた街に戻ると「帰ってきた」って気分になるから、何となく離れ難く思うものなのかもしれない。


「見て、レイ。NPCじゃなくてプレイヤー経営のレストランもあるみたい」


 コヨリの指さす先にはギルド【味来飯店】の看板がある。

 木箱を店先に並べただけの粗末なテラス席にも人が溢れ、大盛況のようだ。


「……あれ? コヨリはこの街来たことあるんじゃないの?」

「もちろんあるけど、攻略の途中で立ち寄ったくらいだし……その時はゲーム内で食べるご飯の味なんて気にしてなかったから」

「あー……ありがちな理由」


 ゲーム内で空腹ゲージを満たすためだけに食べていた時と違い、現実に戻れないとなった今は食事の質は重要になってくる。

 あれは恐らくアルケーの尋常でない作り込みの中で、どれだけ美味しい食事を作れるかに挑んできただろう集団の店だ。

 流行るのも頷ける。

 もしかしたら現実では存在しない、モンスターの肉とかを食べられるように調理してるのかもな。

 ……それは少し興味がある。


「……そんなに気になるなら行ってみる?」

「うーん、混んでるからまた今度にしよう。勝手なイメージで悪いけど、コヨリもシアもああいう人混み苦手だろ?」

「まあ、そうね。ご飯はできれば落ち着いて食べたい」

「っつーわけで、また路地裏の知られざる名店でも探そう」


 かく言う俺も人混みが好きかといえばそうではない。

 いやまあ、好きなやつもいないだろうが。




 ◆ ◆ ◆




「……すみません、レイさん、コヨリさん。お待たせしました」


 待ち合わせ場所で待っていると、予定していた集合時間より少し遅れたシアが小走りで駆け寄ってくる。

 一瞬脳がハルカと誤認し胸がざわつくが、すぐに別人だと分かり平静を取り戻す。


「レイさん……? どうかされましたか?」

「いや、なんでもない」

「そう、ですか……?」


 ……ここ数日でシアには変化があった。

 というか、俺が変えさせた。

 キャラメイクの方はシアがRainだと噂されている要因となっているため大きくは変えられない。

 とはいえ、ハルカそっくりなキャラが常に自分のそばにいるという状況に俺が耐えられなかったため、ひとまず丸メガネとヘアバンドを外させた。

 エルフ耳というのもありこれだけでも案外印象は変わるもので、俺もなんとか許容できている。

 そして俺を様付けで呼ばないよう頼み込んだ。

 なぜかこれにはシアが最後まで抵抗したため、ほとんど命令の形でのお願いだったが、渋々といった様子で了承し今はさん付けになった。


「ここ数日用事があるって一人で出かけてたが、結局どこ行ってたんだ?」

「えっと……勝手だとは思ったのですが、これを」


 そう言っておずおずと取り出したのは一本の古びた鍵。

 傷だらけで長年使われてきたものなのだろうと分かるが、これがいったいなんだというのか。


「私をギルドに誘ってくれたお礼です。受け取ってください」


<<ギルドハウスキー>>

カサディスシティの一軒家の鍵。

ギルドマスターがギルドメニューで使用すると、

該当の家をギルドハウスとして利用できる。


「えっ!? これって……!」

「レイさんの妹さんに見つけてもらうために私が目立って噂にならないと、って話でしたよね? でも、今はもうPKするわけにはいかないから……どうしようって考えたんです」

「あ、そうか……自分のレベル上げに夢中でその辺全然考えてなかったな……」

「それで思いついたのが、私たちのギルドの事務所を立ち上げて、いろんな依頼を受けられるようにすれば……って」


 なるほど、便利屋ってわけか。

 そもそもコヨリとシアはゲーム内でもかなりの高レベル、そして俺もしばらくすればある程度の戦力にはなれるから、たとえばダンジョン攻略にお供したり、PvPに一時的に参加したりする傭兵的な仕事であればおあつらえ向きだ。

 命の価値が現実と同等になった現状、強いと噂のプレイヤーが同行してくれるとなれば財布のひもも緩むというもの。

 もともと3人ともそれなりに知名度があるわけだから、働き如何によってはさらに話題にもなるだろう。

 “あのRain”に仕事を依頼できるギルド――ってな感じで。

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