第37話 レベル上げ①

 シアが【ルピナス】に加入し数日が経った。

 俺たちはといえば、ひとまず俺のレベル上げのために最初の街を離れ、だいたい30レベルくらいが適正となる狩り場が近い街、カサディスシティを拠点とすることにした。

 環がいつからアルケーをやっているかは分からないが、あいつのゲーム経験的にこの辺りにいる可能性が高そうと踏んでの判断だ。

 そこでシアが目立つ行動をして噂になることで、向こうから寄ってきてくれることを期待しよう。


「……は、いいとして!」

「グォォ!」


 首から上が根こそぎ無くなりそうなほどの強烈なスイングを紙一重でかわし、回避の勢いを殺さないよう時計回りに一回転。

 逆袈裟に大鎌を振るいトロールを両断する。


「次、来るわよ」

「ちょっ……ちょっと休憩させろって!」


 時間の感覚なんてとっくに吹き飛んでいるが、太陽が真上近くから狩りを始めて現在は夕方。

 そう考えると、軽く4,5時間は経っていそうな感じだ。

 コヨリの言葉通り、今度はイノシシを一回りか二回りか巨大化させたようなモブ――ワイルドボアが俺めがけて突っ込んでくる。


「【クロススイッチ】! からの【Vスラッシュ】!」


 直線的な突進を交わし、その横っ腹にV字斬りを叩き込む。

 【Vスラッシュ】はターゲットした対象に対してV字に斬りつける直剣の攻撃スキルだ。

 スキルにターゲット補正と攻撃動作補正がついていて、ターゲットに自動で体の向きを合わせてくれる他、出始めの部分さえ剣を振ってしまえば後はスキルが自動で攻撃動作を完走してくれる。

 自力で剣を振るより圧倒的に早い攻撃速度が売りの、ザ・直剣スキルという感じの使い心地だ。


「プギィィィィ!」


 しかしワイルドボアは体力が多い。

 それだけでは倒せず、腹から血を流しながらも途中で方向転換し、さらにこちらを狙って突進してきた。

 今度は顔を振って牙を引っかけようとする動きだが、間合いを見切ってしまえば決して恐ろしい攻撃ではない。

 タイミングを合わせて横っ飛び……そして先ほど付けた傷を目掛けて――


「【クロススイッチ】!」


 直剣が攻撃動作の直前に大槍に変わる。

 ずしりと重くなる右手を補助するように左手も添え、左足を大きく前に一歩踏み出し、力いっぱい突き出した。


「うおっ……っとと」


 ワイルドボアのHPはこれでゼロ、つまり死亡だ。

 しかしその慣性に引っ張られるようにしてバランスを崩しかけたため、慌てて大槍から手を離した。


<<レベルアップ>>

   32→33


 今日何度目かのレベルアップのファンファーレを聞き、額の汗をぬぐいつつ一息吐いた。


「おめでとう。暗くなってきたし、今日はこの辺にしておきましょうか」

「はぁ、はぁ……そうしてくれ……」


 武器の回収も忘れ地面に座り込む。

 森の木々の隙間から風が吹き抜けてきて心地いい。


「ん、お疲れ」


 インベントリから皮の水筒を取り出したコヨリがこちらに投げて寄越す。

 蓋を開けて浴びるように飲むと、冷たい水が渇いた体にしみこんでいくのを感じる。


「ぷはぁっ……あー、生き返った……」

「生き返るシステムは無いわよ、このゲーム」

「物の例えだよ。現実でも実際に死んでるわけじゃねぇだろ」

「ふふ、冗談」


 そんなことを言いながらコヨリが隣に座る。

 ふわりといい匂いがして、少し体を離したくなった。


「なに?」


 そんな俺の発する違和感に気づいたのか、不思議そうに首を傾げてくる。


「いや……汗臭いから少し離れようかな、って」

「全然平気。それに私は鼻が利くから、少し離れた程度じゃ変わらないわ」

「……そうだった」

「年頃の男の子じゃないんだから、そんなこと気にしなくたっていいのに」


 年頃の男の子なんだよ、こっちは。

 くすりと笑うコヨリにジト目を向けてから、もう一度水筒の中身を煽った。


「……ところで、コヨリはいいのか? 自分のレベル上げしなくて」


 コヨリが87、シアが93と、うちのギルドは俺以外どちらも高レベルプレイヤーだ。

 だが、レベルキャップが確認できておらず、最高でレベル110のプレイヤーがいるというなら、2人にだってまだまだレベルを上げる余地がある。

 シアは用事があるとかで今日も一人でどこかに行っているが、コヨリはここ数日俺のレベル上げに付きっきりだ。

 この時間でできることはいくらでもあるだろうに。


「理由その1、この狩り場の適正レベルは30以上。それも3人以上のパーティプレイが前提」

「……は?」


 この数日ずっとここでモブを狩り続けていたが、初耳なんだが?


「当然経験値分配の無いソロ狩りなら美味しいし効率もいいけど、その分危険も大きい。だからあなたが死にそうになった時に助けられる誰かが必要でしょ?」

「やけに痛いわ硬いわでおかしいと思った……」

「攻撃がワンパターンだったり、一撃は重いけどモーションが遅かったり、そういうモンスターしか出現しない場所を見繕ってあげたのよ。むしろ感謝してほしいくらい」

「……まあ、たしかに」


 この場所に出現するトロールもワイルドボアも、同時に複数体で襲ってこなければ難なく倒せるくらい楽なモブだ。

 その割に経験値は美味しいので、あながちコヨリの言い分も間違っていないだろう。


「理由その2、私がソロで安定して狩れる場所は、現状存在しない」

「……え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る