第36話 利息無し、分割払いあり

「そうそう、君への謝罪がまだだったね……えっと、シア君と言ったか」

「……」


 呼ばれて視線だけをこちらに寄越したシアは、何も言わずに丸メガネを装備しなおす。

 どうやら戦う時に邪魔になったのか、途中で外していたようだ。


「うちのメンバーがとんだ失礼をした。こんな状況だからこそ軽率な行動は慎めと言っておいたのだが、どうにも血の気が多くてな」

「……それだけですか?」

「何が言いたいんだ?」

「私たちはレイ様の命により彼らを殺さず無力化することを選びました。ですが、彼らは違います。最初から私たちを殺すつもりだった」


 カンナの目が細められる。 


「レイ様がこんな輩に後れを取るはずもありませんが、万が一、億が一、たったの一撃でも攻撃が当たった場合、レベル差やステータス差もありレイ様は確実に死にます。それに対して、まさか言葉による謝罪だけで済むとお思いなのでしょうか?」

「その辺にしとけ、シア」

「……ですが」


 シアの言い分ももっともだ。

 殺すか殺されるかの試合を一方的に仕掛けられたのだから、ごめんで済んだらそれこそ警察も秩序を司るギルドもいらない。

 だが、この場で誠意を見せろと言ったところで、得られるのはせいぜい多少の金か物かだ。

 当座の活動には役立つだろうが、そんなものは後からどうにでもなる。

 ここはひとつ、強請りで手に入るだろうはした金を積んだところで、到底手に入らないものをもらっておこうじゃないか。


「どうですかね、カンナさん。今回の件は、うちのギルド【ルピナス】に借りを作ったってことで手打ちにしませんか?」

「……」

「もちろん命が絡んだ借りですから、そうそう返しきれるものではありませんが……何かと融通してくれるみたいな、分割払いもありにしておきますよ?」


 顎に手をあて思案するカンナ。

 やがて諦めたように嘆息すると、やれやれといった表情で肩を竦めた。


「……抜け目ないな、君は」

「昔の反省で、もう少し賢く立ち回ってみようと思ってるだけです」


 暴力で解決できることには限りがある。

 もちろんそれが必要だと思った時には迷わず行使するが、気軽にPKするわけにはいかない現状、これが最善策だ。


「……ああ、分かった。借りができたな」

「へへっ、毎度」


 そう言って笑うと、なぜか隣にいたコヨリまでもが呆れたように溜息を吐くのだった。




 ◆ ◆ ◆




 ゲオルグ含む6人は、後から現れた【ジ・オネストオーダー】のギルドメンバーと思われるプレイヤーに拘束され、転移系のアイテムによりどこかへ消えていった。

 面倒だから二度と会いたくはないが、あの感じはまたいつかどこかで絡んできそうだ。


「さて、事後処理も終わったことだから、今度こそ私は帰るよ。謝罪だけかと罵られた後だが、改めて謝罪させてくれ。今日はすまなかった」

「ええ、きちんと借りを返してくれればこちらは構いませんよ」

「こいつめ」


 ぴん、と額を軽く指で弾かれる。

 そして呆れたように笑ったカンナは軍帽をかぶってこちらに背を向けた。


「あ、カンナさん」

「うん?」


 肩越しにこちらを見るカンナ。

 毛先を揃えたボブカットがさらりと揺れた。


「早速で悪いんですが、頼みたいことがあって」

「……言ってみろ」

「俺、“タマキ”という女性プレイヤーを捜してるんです。ゲームはそんなに上手くなくて、他のゲームの知識にも疎くて、多分こういうゲームのマナーとかルールもきちんと分かってない……そんなやつを」


 ふむ、と再びの思案顔。

 それから軍帽を正し、口角を上げて微笑んだ。


「分かった。条件に合いそうな者がいたら君に報告しよう」


 そして右下にポップアップ。

 カンナからフレンド申請が届いた通知だった。


「よろしくお願いします」


 言いながらその申請を許可して、今度こそ去っていくカンナの背中を見送った。


「……妹さんだってこと、伝えなくてよかったの?」


 問いかけてくるコヨリに対し首を振る。


「確かにそれを教えたら、多分今よりもっと真面目に捜してくれるかもしれない。でも――」

「でも?」

「そのことが俺を欲しがってるっていうギルドの連中に知れ渡れば、交渉材料に妹を持ち出されるかもしれないと思って」

「……なるほどね」

「情報と引き換えにギルドに入れと言われれば断りきる自信が無いし、人質にでもされれば殺人になると分かっていても俺はPKプレイヤーキラーだった頃に戻る。どっちも嫌だから、多分これが一番いいんだ」


 とん、とこちらに腕をぶつけてコヨリが歩き出す。

 どことなく親しみを感じるような行為だった。


「コヨリ、ちょっと待った」


 振り返り、フードをかぶって歩き去ろうとしているシアの姿を見つけた。


「シア」


 そう名前を呼ぶと、シアがフードを下ろしてすたすたとこちらにやってきた。

 エルフのような長耳以外は本当にハルカにそっくりだ。 


「どうせ明日から一緒に行動するんだ。シアもうちのギルドに入りなよ」

「……へ?」


 よほど予想外のことだったのか、きょとんとしたシアが目を丸くする。


「俺の偽物やってたんならどうせソロだろ? 君がいてくれると戦力が増えるし、いろいろ助かるから」

「……っ、は、はいっ!」


 言葉の意味を理解するのに時間がかかったのか、しばらくそのまま固まった後、今までで一番の浮かべてそう言った。

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