第35話 カンナ

「それが事実なら見事と言う他ないが……すまない、念のためその仮面を調べさせてもらえないだろうか」

「仮面を? なぜ?」

「私……ああいや、【ジ・オネストオーダー】に彼女のPKの件を追求する気はない。ゲームに正式に実装されている仕様なのだから、その範疇での行動をとやかく言えないだろう? だが――」


 ああ、なんとなく彼女の言いたいことが分かった。


「不正なアイテムを用いて私のギルドメンバーを攻撃したとあらば、こちらも黙っているわけにはいかないのでな。こんな疑いをかけるのは申し訳ないが、君はそうでもなければ説明できないことをしたんだ。分かってほしい」


 さて、どうしたものか。

 さっきの口ぶりからすると、このカンナというプレイヤーが秩序だか何だかを掲げる【ジ・オネストオーダー】のギルドマスター様ということだ。

 そしてゲオルグが五番隊とか言っていたから、かなり大規模な集団であると予想できる。

 そんな顔の広そうな彼女にユニークアイテムを見せてもいいものか。

 ユニークアイテムはその名の通り世界に一つしか存在しないアイテム――噂が広まればいつ誰に狙われるとも分からない。

 かといって確認を拒否すればチートを疑われ、今度こそこの人たちを敵に回すことになる。


「……」

「どうした、ただ確認するだけだ。……それとも、なにかできない理由でもあるのか?」

「……いえ、分かりました」


 そう言って仮面を外し、カンナに手渡す。

 簡単な話だ、迷うまでもない。

 ここでギルド単位を相手取るよりは、カンナの情に期待してユニークアイテムの件を黙っていてもらえる可能性に欠けた方がいいだろう。


「ふむ、なるほど」


 受け取った彼女は、仮面そのものよりフレーバーテキストを注意深く確認しているようだ。

 そして自分でも装備してみて、何度か顔を左右に振った後すぐに外した。


「えっと……あの、それはですね……」

「疑ってすまなかった。いや、しかしすごいな……こんな視界で戦えるのか、君は」

「……へ?」


 そして返却される<<魔霧の仮面>>。

 おかしい、さっきまでは……と思いつつ、自分でもインベントリを開いてみるがシアから受け取った時と同じだ。

 ただのプレイヤーメイドアイテムで、フレーバーテキスト以外には何も効果がない。

 試しに自分で再度装備してみても、<<蒼炎の仮面>>に変化することはなかった。


「これは、いったい……」

「どうかしたか?」

「ああ、いえ……別に」


 何が起きているかはいったん置いておこう。

 敵対を回避しつつ、俺がユニークアイテムを所持していることも伏せられた。

 カンナの態度も先ほどよりはだいぶ軟化したし、とりあえず運がよかったと思っておくことにする。


「ふふ、これで噂の新人のチート疑惑は晴れたな。……っと、確認していなかったが、君がそうなんだろう? レイ君」

「え、ええ」


 まったく、たったの一晩でどれだけ噂になれば気が済むんだ。

 ……いやまあ、自分のやっているゲームに期待の新人が現れると大盛り上がりするのはどこも同じか。


「では、それは皆に伝えておこう」

「皆?」

「ああ。うちを含めいくつかの上位ギルドが君の獲得に動き出そうとしている。久しぶりの争奪戦になるだろうな」


 久しぶりって……そもそも初めてやるんじゃないのかよ。

 と呆れたような反応をしてしまうが、死んだら終わり、サブアカウントも新規アカウントも作れない、というアルケーの仕様を考えると確かに納得はいく。

 プレイヤーの供給が一定に絞られている関係で、最初からMMOの仕様を理解していて、なおかつある程度のプレイスキルを持っている初心者はいわばダイヤの原石。

 磨けば光るのだから、どのギルドにとっても価値が高いわけだ。


「残念だったわね。レイはうちのギルドマスターだから、どこのギルドにも入らないわよ」


 と、遠くで見ているだけだったコヨリがいつの間にか隣に立っていた。

 それに気づいたカンナが驚きで目を丸くする。


「ほう、以前の争奪戦の対象とこんなところで出会えるとは」

「え!? もしかしてコヨリもそうだったの!?」

「……結果は察して。あんまり思い出したくないから」


 うん、まあそうだろうけどよ。


「ふむ、まさかコヨリ君とギルドを組んでいたとは……いや、自分が争奪戦の経験者だからこそ、この状況を呼んで先手を取ったというべきかな。やるね」

「だから、その上位ギルドの人たちに伝えておいて。勧誘は無駄だって」

「……ふふ、そうとも限らないかな」


 大人の余裕を感じさせる微笑みを浮かべながら、カンナは俺の肩をぽんと叩く。


「別にギルドの移籍なんて珍しいことじゃないんだ。要は彼を最も満足させる待遇を出したギルドが勝者となる。……たとえばトップギルドがメインクエストの情報を共有する、と言ったら、彼はどうするのかな?」

「……」


 ぴり、と肌を刺すような殺気。

 もちろんそんなものは錯覚だが、尻尾の毛を逆立てて今にも威嚇を始めそうなコヨリの表情を見ていれば殺気も感じるだろう。


「おっとすまない、話が脱線したな。今日のところはこれで失礼するよ。勧誘に来たわけではなく、うちのメンバーが揉めていると聞いて駆けつけただけだからね」

「……さようなら」

「ああ、また会おう。レイ君も、ね?」


 

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