第33話 VSゲオルグ①

「あぁ、そのお姿を再びこの目で見られること……ずっと、ずっと心待ちにしておりました……!」


 恍惚としたシアの声を背に受けても、振り返ることはしない。

 今は目の前のこいつから視線を切らない方がいいだろう。


「ふふっ、はははっ、あーっはははっ!」


 高笑いするゲオルグを静かに見つめる。


「そんなおもちゃの仮面をつけて、自ら視界を狭めるとは……! クククッ、先ほど私とあなたの差についてお話ししたというのに。……ああ、いや失礼。実に滑稽だったもので」

「……」


 これがただの“おもちゃ”でないことは、恐らく俺とシアしか知らない。

 といっても、なぜプレイヤーメイドアイテムが突然ユニークアイテムに変化したのかは俺も分からなければ、なぜ過去の俺を象徴するフレーバーテキストになっているのかも分からない。

 どう考えても元から存在したアイテムではないだろう。

 まるでたった今、この瞬間生まれたようなアイテムだ。

 AIが俺を読み取った結果こうなった?

 ……だとしても、こんな形でユニークアイテムが生成されるなんて、ゲームバランスはいったいどうなってるんだ。


「……ふむ、無視ですか。いいえ、構いませんよ。こうなってしまってはもはや言葉は不要です。悪に与するならばそれも悪……然らば、この私が裁かなければ!」


 瞬く間に姿を消すゲオルグ。

 このスピードは移動系のスキルか。


「【グロウィングピアス】!」


 消える寸前の体重移動と視線から攻撃方向は左。

 真横から心臓を一突きにする軌道でこちらに迫っている。

 レイピアは一撃の威力に劣るが弱点部位に連続して有効打を入れたり、相手の攻撃を持ち前の素早さで躱したりと、その機動力と攻撃速度が売りの軽量武器だ。


「だが攻撃方向は直線的で、狙いが分かっていれば回避は容易い」


 左足を半歩前へ。

 そのまま上体を前に傾け刺突を躱す。

 さらに左足を軸に時計回りに回転し、遠心力を乗せた一閃を背後のゲオルグに叩き込んだ。


「なっ!?」


 必殺の一撃をすかされたうえ反撃までもらったからか、ゲオルグの表情が驚愕に歪む。


「私の最大最速の一撃を……たった一瞥しただけで……!? しかしっ……せあぁっ!」


 しかし立て直しも早い。

 喉、脇腹、大腿部、腕の関節、と立て続けに突きを繰り出してくる。

 その全てが直線的な軌道、攻撃範囲は点だ。焦ることはない。

 上体を左に、一歩下がって半身で見送る、右下からの切り上げでレイピアの側面を弾き、一歩下がりながら上段から叩き落す。


「っ、【ペネトレイト】!」


 レイピアの柄頭に左手が添えられ、両手持ちに。

 下からすくい上げるような角度で顔を狙っての一段攻撃だ。

 先ほどの【グロウィングピアス】より幾分か遅いが、この距離で放てば必中に近い速度は出ている。


「……」


 と、最小限の動きで体の軸をずらし、その切っ先を見送りながら思った。

 確かに攻撃速度だけなら一級品だ。

 見てから避けるのはさすがの俺でも無理だろう。

 しかし、柄頭に左手を添える、力を溜める、スキル名を宣言……なんていう冗長な呼び動作があれば話は別だ。

 視線や体の向きから攻撃箇所を予測して、スキルの発生から攻撃判定の出始めまでに予め回避動作を取っておけば、この程度欠伸をしながらでも避けられる。


「ひ、ひぃっ!?」


 スキル後の硬直に袈裟斬り、さらに刃を翻し脇腹へ一撃。

 ゲオルグは怯えた様子でガードを構えながら後ずさるも、そのガードをすり抜け脚に一撃、闇雲に繰り出された刺突を躱して喉に一撃。

 もはや一方的ともいえる戦況に、ロールプレイも剥がれかけてきている。


「な、なんだ、どうなってる……!? なぜ攻撃が当たらない!?」

「浅いんだよ、VRMMOが」


 VRMMOに限らず、VRのアクションゲームは、強力なスキルや装備を持っていて、さらに対戦相手とレベルの差があれば絶対に勝てるというものじゃない。

 にいるのはアバターではあるが紛れもない人間そのものだ。

 何をしようとしているか、どこを狙っているか、苦しいのか、余裕なのか……そういったサインが必ず動きや表情を通して現れる。

 それらを何となくでもいいから感じ取れて半人前、そこから読みや咄嗟の行動に繋げられて一人前、お互いに読まれていることを分かっている前提で釣りやフェイントを織り交ぜられて達人だ。

 一朝一夕で身につくものじゃない。


「今度はこっちからいくぞ」


 スキルの連続使用、間髪入れずの攻撃で相手の武器が下がった。

 スタミナ切れ、これで攻守交代だ。


「ま、待てっ! 話し合お――」


 踏み込みからすれ違いざまに肩への一撃、ワンテンポ遅れて振り返ったその無防備な脇腹に剣先を擦って一撃、たまらず距離を取ろうと後方に飛んだところを――


「【クロススイッチ】」


 直剣のリーチが突然大鎌に変わり、ぴったりのタイミングでその喉を抉り取った。


「なっ、わ、分かってたのに……! 引いたら大鎌にクリティカルを取られるって、分かってたのに……!」

「引かせてんだよ。わざと剣先に引っ掛ける当たり方にして、無意識に距離を取って避けたくなるようにな」


 そして、喉を押さえながら自身の左上を見てわなわなと震えだす。

 そこにあるのは……当然、HPバーだ。


「そ、それに……だんだん早くなってる……!? 攻撃も、一撃一撃は大したことないのに、いつのまにかダメージが増えてるんだ……! HPが……このままじゃ、HPが……!」

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