第32話 仮面
ピリ、という肌を刺すような感覚が周囲に漂い始める。
この場のプレイヤーたちもそれを察したのか、昼間はとにかく人通りの多かった道のはずが、俺たちを避けるようにして人の輪ができ始めていた。
「なああんたら、一応聞いておくが……Rainをどうするつもりだ?」
「ふむ、これは異なことを」
構えを崩さずゲオルグが言う。
「先ほど裁く、と言ったはずですよ。ええ、そうですとも。犯した罪は罰によって贖わなければならない」
「いちいち回りくどいんだよ、あんた。要はPKするってことか?」
「……法とは、機能しなければただの戯言に過ぎません。秩序を乱す者は必ずや法の下に粛清される――我々はそれを示すのです。今、ここで」
話にならない。
俺は今確かに「人を殺すのか」と問いかけた。
その答えが今の“セリフ”であるのなら、既に戦う以外の道は閉ざされている。
ロールプレイもここまで極まると一種の宗教だ。
もはや自分に酔っているとか、そういうレベルではない。
ここが第二の現実となった今、こういうことで力を誇示し、利益や権力を得ようとする輩が現れるのは何となく予想していたが――まさかその広告塔に
「行ってください」
シアは静かにそう言って、インベントリから取り出した大剣を舗装されたレンガ道に突き立てる。
「狙いが私である以上、抵抗しなければ見逃されるはず――」
シアが白いボロ布を脱ぎ去り、受付嬢だったハルカの服装を模した装備が現れる。
「いえ、見逃させます。必ず」
そして、装備していたアクセサリーに触れ次々と別のものへと交換していく。
これまでは青、そして今は紫。
短剣から大剣に武器を変えたことで、装備しているアクセサリーも専用のものへと変えているのだろう。
最後に黒い皮手袋を装備し、大剣の柄を握った。
なるほど、武器ごとの専用構築というわけか。
「何ボーっと見てるの、あなたもさっさと準備して」
そう言うコヨリは腰の二刀を抜いて戦闘態勢。
既に自己バフも全てかけ終わったようで、いつでもやれるといった状態だ。
「おいおい、うっかりやっちまったら本当に人殺しだぞ……? その辺ちゃんと分かってんのか?」
「こっちだって死にたくないんだから、わけ分からないのに殺されるよりはマシでしょ」
「そうだけどよ……」
たとえばHPをほんの少しだけ残してやり、これ以上続けるなら殺すというような脅しが効く連中ならいいが……少なくともあのゲオルグとかいうのは止まらない気がする。
あれはもうダメだ。
このゲームが現実になったんだからと宣いつつ、ロールプレイに心酔して現実が見えていない。
元々そうだったのか、ログアウト不可のデスゲーム化したこの現状に耐えきれず逃避したかは分からないが、ヤツは自身の死と使命とやらを天秤にかけてなお、使命に準じるだろう。
だとすれば、やるべきことは一つだ。
「分かった……だが、それでも殺しは無しだ。これはギルドマスター命令、いいな?」
「……あなたがそう言うなら」
「シアもそれでいいか? できる限りHPを削って、相手が死にたくないと降参すればそれまで。なお反抗してくるようなら気絶でもさせて無力化しよう」
「仰せのままに」
それから俺は、腰の直剣を引き抜きゲオルグに突きつける。
「で、あいつの相手は俺がやる。残り5人はそっちでなんとかしてくれ」
「ほう、私とやるおつもりですかな? レイ殿」
「文句あるか? 先に仕掛けてきておいて、俺が相手ならやっぱり止める、なんて言わねぇよな?」
「いえいえ、滅相もない」
ニヤリ、と口角を上げて不気味な笑みを浮かべるゲオルグ。
「あなたの実力はよく存じておりますとも。ですが、あなたがどんな手練れであれ、初心者であることは紛れもない事実。装備も、スキルも、レベルも、ありとあらゆるものが私に劣っている」
「……」
「果たして、【カイザーズユニオン】などという弱者相手の、滑稽なお遊びの時のように行きますかな?」
その言葉に、溶岩のように怒りの感情が噴き上がると同時に、意識は急速に覚めて冷静になっていく。
いつかと同じ感覚に陥って、ふと思い至った。
「……ああ、そうか」
俺はゲームが大好きだ。
だから、たかがゲームと侮るヤツや、そんなゲームに真剣に取り組んでいるプレイヤーたちを侮られるのが我慢ならないんだ。
そして、そんなヤツに報復している時の俺は、きっと大好きなゲームを楽しんでいると心から笑えない。
そうだ――この仮面は、そのためのものだったんだ。
<<アイテムを装備しました>>
魔霧の仮面
<<装備アイテムが変化しました>>
蒼炎の仮面
<<蒼炎の仮面>>
◇ユニークアイテム
ここに雨の幽霊は再臨した。
際限なく湧き上がる怒りを蒼炎と燃やし、
積み上げた数多の屍の上で虚ろに嗤う。
パッシブスキル【加速する戦意】が自動発動する。
プレイヤーを対象とした戦闘でステータスに補正がかかり、
複数人を相手としている際にはさらに大幅に補正がかかる。
その効果は戦闘時間に応じて徐々に上昇していく。
「さあ、やろうゲオルグ。行き過ぎたロールプレイのせいでゲームを楽しめなくなってるなら、そろそろ目を覚まさなくっちゃな」
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