第31話 因果応報

「はあ……だいたい分かったよ」


 ようやく泣き止んだシアに、今度は呆れた表情を隠さずにそう言う。


「で、君は俺が突然ログインしなくなったものだから、ハルカの外見そっくりなアバターで俺みたいなプレイをして……あえて話題になることで俺を誘ってたわけか」

「はい。すみません……その、妹さんのことなんて、全然知らなかったものですから……」

「それは別にいいよ。そもそも家族以外にこの話をしたのなんて初めてだし」


 それも現実の友人というわけではなく、昨日今日会ったような相手にだ。

 まあ、実際に顔を合わせているわけでもないし、目の前のこいつらがどこの誰なのかも分からないからこそ、多少は気軽に話せるというのもあるかもしれないが。


「だからってわけじゃないが、一つ協力してもらいたいことがある」

「分かりました。私にできることなら、なんでもいたします。死ねと命じられれば、その通りに」

「ああ待った! 死ぬな死ぬな! それから誰かを殺すのも無しだ! ……まずそれを約束してくれ」


 悲壮感の漂う表情でそう言われると、当たり前だが冗談に聞こえない。

 ……いや、本当に冗談じゃない可能性もあるが、それを突っ込むのはやめておく。


「……はい」


 本当に分かってるのか。

 やや怪しいところだが、ここまで俺に執着しているなら俺の言うことには従ってくれると信じよう。


「話を戻すと……さっき話した妹のことだが、君のファンだってのは言ったよな」

「恐れ多くも」

「で、今はデスゲーム化した直後だからさすがのあいつも行動を控えてるだろうが……落ち着いた頃に君を探しに姿を現すかもしれない」


 ゲーム慣れしていないからこそ、軽率な行動がどれほど危険か分かっていない可能性もある。

 まあ、その時はその時で早めに合流できたと喜ぶとしよう。


「つまりだ、君が俺を釣るエサとしてハルカを使ったように、妹を釣るエサとして君を使わせてもらう。いいな?」

「はい、喜んで」


 ……と、探しにいこうと思っていた矢先の邂逅となってしまったが、妹探しはこれで一歩前進だ。

 後はちゃんと食いついてくれるかだが……まあ、あいつの単純さに賭けてみるとしよう。


「それじゃあ、しばらくは一緒に行動するか」

「っ、レイ様と……ですか!?」

「俺も図らずして有名人になっちまったみたいだからな……。そんな俺とコヨリ、それにRainって組み合わせなら、噂は勝手に広がってくだろ」

「では、効果を高めるために一騒動起こしましょうか?」

「いや、それはやめてくれ、頼むから……」


 なんて話していたのがフラグにでもなったのか、大きすぎる話題の種はそれ自体がトラブルを運んでくると、この時の俺たちは知る由もなかったのだった。




 ◆ ◆ ◆




 それから今後の作戦会議やらでなんやかんやあり、気づけばもう18時を回ろうかという頃。

 少し早いがそのまま夕食を済ませたため、ノーラの店を出たのは日が沈み切った後。

 ひとまず次の目標をメインクエストの情報集めに定め、今日のところは解散となるはずだったのだが――


「失礼、そこのお三方」


 やたらと紳士的な態度の男に話しかけられる。

 上から下まで軍服のようなデザインの装備、慇懃無礼な立ち居振る舞い、そしてちょび髭……かなり個性的なロールプレイだ。


「一人はRain殿とお見受けいたしますが、いかがですかな?」

「あー、なんかご指名みたいだぞ、シア」

「……」


 と言ってシアに視線を向けると、無関心を張り付けたような顔がそこにあった。

 見事なまでの話しかけるなオーラだ。

 そしてその気持ちはよく分かる。

 ロールプレイしてるヤツと会話するの、マジで疲れるからな。


「申し遅れました。私、このアルケーオンラインの秩序を司るギルド、【ジ・オネストオーダー】のゲオルグと申します。以後お見知りおきを」


 ……うわぁ、出た出た。

 オンラインゲーム内で、GMゲームマスターでもないのに勝手に秩序だ正義だ言い出す団体が必ず一つはできるんだよな。

 昔はこういうのを“自治厨”なんて呼んでいたと掲示板で見た覚えがあるが、その言葉が時間と共に廃れても、人間のやることは変わらないらしい。

 そして得てして、そういう人間は面倒事を運んでくる。


「さて、昨今巷を賑わすレイ殿とコヨリ殿には今のところ用はありませんので、本日はお引き取り願えますかな?」

「だって。どうする? レイ」

「いやこれ、はいそうですかって帰れる雰囲気じゃないだろ……」


 ざっと見渡す限り、ゲオルグと名乗った男を含め6人。

 全員が同じ装備を同じように纏い、直立不動の姿勢で俺たちを取り囲むようにして立っている。


「いえ、お帰りいただいて結構ですよ? 私共はそこのRain殿にお話があって参った次第ですので。もちろん、あなた方が何もしない、ということが前提ではありますがね」

「……用ならさっさと言ってください」


 そこでようやく口を開いたシア。

 不愉快さを隠そうともしないその声色に、ゲオルグが片眉を上げて不敵に笑った。


「そんなもの、あなたが一番よくお分かりでしょう」


 そして腰のレイピアを抜き、胸の前で垂直に構える。

 気づけば、俺たちを取り囲むプレイヤー全員がそれに倣っていた。


「PK……それは許されざる罪、秩序への冒涜です。第二の現実となったこの世界にて、我々が法となり、無法を裁く――ただ、それだけのこと」

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