第30話 シア②
「……助けてもらったこと、か」
脳内を探ってみるが、あの時の俺は基本的に
その辺にいるプレイヤーが他の誰かから嫌がらせを受けていたとしても、いちいち正義感で止めたりといったようなことはしていないはずだ。
となれば勘違いを疑うのが一番手っ取り早いが――
「これだもんなぁ……」
インベントリに入っている仮面のフレーバーテキストを見て頭が痛くなる。
プレイヤーメイドのアイテムにはどうやらフレーバーテキストが自動で入力されるようで、作った本人の意識や想いが反映されるらしい。
というのは、さっきコヨリにこっそり聞いた知識だ。
自分で書いたものだとしてももちろんヤバイが、シアの意識をAIが読み取った結果このテキストが出力されたのならよりヤバイ。
“仄暗い妄執”に“今再びの邂逅に思いを馳せる”……とくればまあ、動画を見てカッコいいと思った、程度の憧れでは到底ありえない。
「私、ギルドに入らないならゲームをさせないって、ログインする度に付け狙われて、ずっとリスキルされていたことがあったんです」
「……リスキル?」
「ああ、アルケーにはそもそもリスポーンって概念が無いから、コヨリは知らないのか」
「
「うわ、そんな陰湿なプレイがあるのね……。現実で満たされないからゲームで発散するしかない、浅ましくて恥知らずの負け犬がやってるのよ、きっと」
「……まあ、うん」
思わぬところからの飛び火にメンタル的なダメージを受けながら肯定する。
はい、現実で満たされないからゲームで発散するしかない、浅ましくて恥知らずの負け犬のようなプレイをしていた時期が俺にもありました。
違うんだ、これにはハルカを守るためというちゃんとした理由があって、決して誰かを貶めようなんて意志は無かったんだ。
「汗、すごいわよ? 大丈夫?」
攻撃を放った本人に心配されていては世話がない。
大丈夫大丈夫、と苦笑いしながら答え、シアに話の続きを促す。
「私、現実の学校とか家族とか、そういうのにあんまり馴染めなくて……ずっとゲームの中だけが居場所だったんです。それがあんなことになって……ついにゲームでも居場所が無くなっちゃうのかなって」
「まあ、嫌がらせされたから別のゲームをやればいいや、とはならないのが俺たちだからな」
「……ええ、はい」
どうやらシアも同じ気持ちだったようで、声は掠れたままだが心なしか嬉しそうにそう答えた。
もちろん長い時間をかけて続けてきたゲームだから離れ難い、というある種のもったなさもあるが、本質はそうじゃない。
そのゲームで使っているキャラクターにも、武器にも、そして関わり合いのあるプレイヤーやNPCたちにも当然愛着が湧く。
たかがゲームでの出来事、たかが電子データの集合体にすぎないが、俺たちがそこで過ごす時間は紛れもない現実で、簡単に捨ててやり直せるようなものじゃない。
「そんな時、あなたが現れたんです」
まるで当時を思い返すように、そしてその一瞬を今でも鮮明に思い出せるかのように、シアは自身の胸に手を当て恍惚な表情を浮かべる。
「お名前の通り、雨の降りしきる薄暗い日でした。水の滴る黒衣、幽霊のような仮面から迸る蒼炎、そして数えきれないほどの武器を携えたあなたがそこにいました」
「うわ、中二……」
「うっせ……本当に中学生だったんだよ」
ぼそりと俺にしか聞こえない声で呟いたコヨリにそう返す。
仕方ないだろ、当時はあれがカッコいいと思ってたんだよ。
……今だって別に悪くないと思うんだが。
「私をキルしようとしていたプレイヤーを一人、また一人と、その無数の武器を駆使して返り討ちにしてくださいました。それがあなたと私の出会い」
「……あー、そうか」
その時の出来事を思い出したわけじゃない。
しかし、ある日を境に突然付き纏ってくるようになったプレイヤーがいた。
友達になりたい、ゲームを教えてほしい、一緒に狩りに行きたい――
そういう話自体は、自分で言うのもなんだが有名プレイヤーだったこともあり、見ず知らずの相手からされることは日常茶飯事だった。
そういうヤツらは一度断るか無下に追い払うかすれば二度と現れない。
だが、彼女だけは違った。
「そういえばシアって名前だったな、その時のキャラも」
「……っ、ぅっ、はい……はいっ……! 覚えて、くださっていたんですね……っ!」
せっかく泣き止ませたというのに、今度は感極まったように大粒の涙を流し始めるシア。
……いや、覚えてたっていうか、あれだけ粘着されれば誰でも覚えるって。
しかも悪い意味で覚えてたんだぞ? そんなに嬉しいのか、それ。
「ちょっ、あなた……!」
「待てコヨリ、これは俺のせいか……!? 俺のせいなのか……!?」
「覚えてないフリしておけばよかったでしょう……!」
「それはそれでまた泣くかもしれないだろ……!?」
それから俺はコヨリと小声でやり合い、再びノーラに救いを求めるべく、我先にと厨房へ駆け込むのだった。
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