第23話 コヨリ
「突然ログアウトできなくなって、死んだら終わりってことを改めて実感して……そこであの一件。ほとんどヤケだったわ。あなたに煽られずとも、多分私は話に乗って……そして彼らに負けたと思う」
ぽつぽつと言葉を漏らすコヨリ。
俺も彼女がそうしてくれたように、余計な相槌も入れずただただそれを聞いていた。
「意地があったのよ。このゲームで、誰にも頼らず力を示して、私は一人でもこんなにすごいことができるって証明したかった」
だからこその独りよがりのプレイスタイル。
その果てに“コヨリ”というキャラクターが生まれたわけだ。
「まあ、思い返してみればつまらない意地だけどね。けれど私は……自分の思い通りにいかない現実と、一人で死にたくないって恐怖に屈した」
「別に普通の感覚だと思うけどな。どんな意地や決意があっても、誰だってそのために死にたくはない」
「ええ、そうね。……その通り」
はぁ、と一息ついてコヨリが体を起こす。
「気づいてたかもしれないけど、【カイザーズユニオン】の人たちはアルケーを始める前からの友達なの。VRスペースで出会って……リアルで起きた話をしたり、愚痴をこぼし合ったり、一緒に映画を見たり……そんな感じの関係」
「へえ」
「私がこのゲームを始めて、ソロで強くなるって話した時も応援してくれた。それどころか、じゃあせっかくだしみんなで一緒に始めるかって」
なるほど、そもそもが寄せ集めのメンバーじゃなく、最初から身内で集まって作ったギルドだったのか。
あの信頼関係と連携の練度も納得だ。
「だから今日のは多分、私を心配して声をかけてくれただけだと思う。なんだかんだ勝っちゃった私が言うのもなんだけど、みんなを悪く思わないであげて」
「思ってないから大丈夫」
「そ」
短く言ったコヨリだったが、その顔はどことなく嬉しそうに見えた。
「あーあ、みんなの優しさに甘えちゃえれば楽だったのに。ほんと、余計なことしてくれたわ」
「……それも嘘なんだろ?」
「んー、どうかしら」
冗談めかして笑い合って、それからコヨリが席を立った。
「ふぅ……少し話し過ぎたわ。今日のところはこの辺でお開きにしましょう」
「賛成。さすがに俺も……ふあ、あぁ……眠さがぶり返してきたところだ」
ひとまずやるべきことは決まった。
偽物のRainを追いかけて、必要ならやつも利用して、とにかく妹を探し出す。
俺のアルケーオンラインはそこからだ。
「ノーラ、ごちそうさま。お会計お願い」
「ああ、いくらだ?」
「今日は私の奢り。勝たせてくれたお礼もあるし」
「そうか、じゃあごちそうさま」
「あなた始めたばかりでそんなにお金持ってなさそうだし、このくらいはいいわ」
一言余計だ。
……確かに手に入れた大鎌を強化するのに全財産つぎ込んだから素寒貧だけどさ。
というか、そうだ。
もし餓死なんて仕様がこのゲームにあるとしたら、今後は金の使い道にも注意しなきゃいけない。
今までのゲームならバフやステータス低下を防ぐ目的でしか食事をしなかったが、空腹感があるうえ生死に直結するともなれば毎日の飯は必須になってくる。
その分の金は常に持ってなきゃいけないし、効率よく稼ぐ方法も頭に入れておかないと。
「さて、私は宿に戻るわ。あなたはどっち?」
「え? 宿?」
店の外に出て、夜風に当たりながら体を伸ばしているとそんなことを聞かれる。
「あー……そういや昨日は徹夜で狩りしてたからな……。眠くなったらログアウトして終わりじゃねぇんだ、そっちも忘れてた……」
「やっぱりそんなことしてたのね。どうりでレベルの上がり方がおかしいと思った……」
「武器の使用感確かめたりとかな。……ま、何とかするさ。現実じゃ冬真っ盛りだが、こっちはそんなに寒くねぇし」
もちろん気温の感覚はあるが、この近辺は暑すぎず寒すぎずで過ごしやすい。
最悪野宿になったところで風邪は引かないだろう。
……当たり前のように風邪を引くなんて単語が出てきたが、アルケーのことだからきっと風邪って仕様もある。絶対ある。
「……まったく」
やれやれといった様子で溜息を吐き、虚空に指を走らせるコヨリ。
やがて広げた手のひらの上に革袋が現れ、ちゃりちゃりと甲高い音が鳴った。
「これでしばらく寝床と食べ物には困らないはず」
「……いいのか?」
差し出された革袋とコヨリの顔を交互に見て尋ねる。
正直ありがたすぎる話だが、気軽に受け取っていいものか悩む。
この世界はもうゲームであって現実だ。
つまりこの袋の金は、ゲーム内通貨であると同時に現金ということにもなる。
それを知り合って数時間の相手に渡すというのも不健全な話だ。
考え過ぎなのかもしれないが、これが現実だというなら軽んじていいわけがない。
「もし気になるなら貸しってことで。あなたに余裕ができたら返してくれればいい」
「……とんだお人好しだな」
「じゃあいらない?」
「い、いる! いります! すみませんでした!」
ひょい、と取り上げられた革袋には逆らえず、頭を下げて許しを請うた。
「それじゃ、また明日。起きたら連絡するわ」
「ああ、また」
そう言って別れて、あくびをしながら宿を探して街を歩く。
今日はいろいろあったな、なんて考えていると、そこでようやく気づいた。
「……ん? また明日?」
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