第24話 一匹狼
――翌日。
安宿のベッドの上で目が覚めた俺は、ここが自分の部屋でないことに気づいた。
ゲーム中に寝落ちしたか、と思いながら回らない頭でメニューを開き、ログアウトボタンを見つけられなかったところで全てを思い出す。
げんなりした気分で体を起こすと、すかすかの薄いカーテンを開けた。
「うん……?」
視界の右下に見逃した通知があることを告げるアイコンが点灯していた。
触れてみれば、コヨリからのメッセージが開く。
『おはよう。起きたら連絡して』
受信時刻は……7時過ぎ。
健康的な生活を送っているようで何よりだ。
さて、今何時だ……?
「げ……もう昼過ぎかよ」
メニュー画面のデジタル時計は13時を報せている。
昨夜寝たのが1時前とかだから、どうやら半日眠っていたようだ。
「そりゃ1日分の睡眠をぶっ飛ばしてんだから、体はその分休みを欲するよな……」
そんな感じで帳尻を合わせようとしてくるくせに、寝溜めはできないんだから難儀な体だ。
ゲーム内でくらいその辺融通利かせてくれてもいいのに、なんて益体もないことを考えながら軽く身だしなみを整え部屋を出る。
「あぁ……っと、忘れてた」
起きたら連絡しろとコヨリからメッセージがあったっけ。
とりあえず返信ボタンを押して、
『起きた』
とだけ入力して送信。
返事が来るまでとりあえずどこかで朝飯兼昼飯でも食べて……と考えていたら、すぐにコヨリからメッセージが来た。
『遅い。話があるから、すぐに中央広場まで来て』
昨日徹夜したって言ってなかったか? 俺。
……まあいい。
どんな理由で呼びつけられているのかは分からないが、昨夜ベッドで寝られたのは他でもないコヨリが金を貸してくれたおかげだ。
ここは下手に逆らわないでおこう。
◆ ◆ ◆
昼下がりの中央広場は人でごった返していた。
歩いているのも待ち合わせをしているようなのも、プレイヤーもNPCもとにかく大勢人がいる。
ファンタジー世界がベースのゲームだからか、こうして見ると結構人間以外の種族もいるな。
コヨリのように獣の耳を持っていたり、羊のような角が生えていたり、エルフのように耳が長かったり。
ただ、圧倒的に多いのは何の特徴もないいわゆる普通の人間だ。
不思議な話だが、昔のコントローラーを使うような非VRゲームでは、自分のキャラクターに人間以外の種族を選ぶプレイヤーが多かったそうだが、自分自身がそのキャラになるVRゲーが主流になってからは、他の種族を選択可能な場合でも人間を選ぶプレイヤーが多数派らしい。
キャラクターとして操作する分にはいいが、自分がそうなることには抵抗があるのだろうか。
かくいう俺も人間を選ぶことが多いが、特に気にしたことは無かったな。
「レイ」
突然声をかけられ、驚きのあまり飛び上がりそうになる。
ぎこちない動作で振り返ると、そこには俺を不思議そうに眺めるコヨリの姿があった。
「……どうしたの?」
「街の往来で突然声かけられたら普通ビビるだろ……」
「そうかしら」
「そうだよ……」
ふーん、とあまり興味が無い様子。
「それはいいとして。なんでここに……っていうか、なんで昨日『また明日』なんて言ったんだ?」
「……一つ、思いついたことがあって」
「思いついたこと?」
こくり、と頷いたコヨリは、ついてこいと指で示し先を歩き始める。
俺は首を傾げながら、それ以上を聞かずにその後ろ姿を追いかけた。
「そういや、コヨリは獣人種を選んだんだな」
「なに? 藪から棒に」
「いや、声かけられる前にさ、街には色んな種族がいるけど結局は普通の人間が一番多いんだなって思って。ほら、【カイザーズユニオン】のメンバーも全員人間だったし」
「あぁ……あの人たちはみんな私よりもっと年上の大人だから。人間以外になれる体験ゲームとかでも結構抵抗あるみたい」
「やっぱそういうもんか」
「私は何とも思わないけどね。あと……狼、好きだし」
コヨリは俯きがちになり、ちょっと照れくさそうにそう言った。
「死の危険と隣り合わせでも、群れを離れて自分から一匹狼になるの。高潔な生き物って感じがする」
まるで自分を重ねているかのようなその言葉に、狼って最終的には子孫を残すために群れで行動するんじゃなかったか? という、どう考えても地雷を踏み抜きそうな知識を飲み込んだ。
君子危うきに近寄らず、だ。
「でも、私は一匹狼にはなれなかった。……ううん、一匹狼を貫き通す力が無かった」
そして見えてくる、ファンタジー世界に紛れ込むファンタジー感のある建物――コヨリに教えてもらい、俺も一度訪れたことがあるギルド施設だ。
「ああ……なるほど」
「そ、来てもらったのはこれが理由。ごめんなさい……本当は昨日確認したかったんだけど、その……こうして自分から誘うのって初めてだから、勇気が出なくて……」
「……」
「それと……昨日一緒に戦った流れで誘ったら断り辛いかなって。なんかそういうの、ズルい気がするし……」
こちらに背を向けているコヨリの表情は見えないが、尻尾は落ち着かないように不規則に揺れ、耳は不安そうに垂れて下を向いている。
ここまで分かりやすいと、もはや感情を推測するまでもない。
「……だから、今日改めて誘わせて」
足を止め、くるりと反転したコヨリは、精一杯平静を装ったような何とも不格好な表情で口を開いた。
「レイ――私とギルドを作らない?」
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