第22話 Rain

「どうかした?」

「あー……うん、一つ心当たりが……」


 歯切れの悪い言い方をすると、コヨリが眉をひそめて無言の抗議を送ってくる。

 もったいぶってないでさっさと言え、ということだろう。


「……コヨリ、“Rain”って知ってるか?」

「Rain、レイン、雨のこと……じゃないのは知ってる。昔のゲームで強かったってプレイヤーでしょ?」

「そう、最近アルケーオンラインで偽物が現れたっていう、あのRain」

「偽物なの? 私が聞いたのは、あの強さにあのプレイは本人だろうって話だったけど」


 ……しまった。

 アルケーオンラインのRainが偽物だと断言できるのは、世界で俺とその偽物の二人だけだ。

 そもそも俺がRainだと名乗り出たところで信じてもらえることは無いだろうが、無用なトラブルを避けるなら黙っていた方がいい。

 半分ロールプレイだったとはいえ、あいつRainはちょっと敵を増やしすぎた。


「まあどっちでもいいんだが、どうにも妹はそいつに憧れてアルケーオンラインを始めたらしいんだ」

「私も動画くらいは見たことある。確かにすごいプレイヤーよね」

「そんなにか?」

「ええ。装備の切り替えスキルで状況に応じて属性から何まで全部変えて、一対一も一対多も関係なく全てを圧倒するスーパープレイヤー……って、見出しに書いてあったわ」


 確かに掲示板でも昔の俺と同じようなプレイスタイルだと言われていた。

 しかしどちらかといえば、問題はその外見の方。


「ハルカ――」

「……誰?」

「え、ああ! いや、なんでもない! ちょっと昔馴染みの顔を思い出しちまって……あは、あはは……」


 慌てて誤魔化すがコヨリは怪訝そうな顔で俺を睨む。

 別に恋人同士だろうがそうでなかろうが、目の前で話してるやつから突然知らない女の名前が出てくれば誰だって不審に思うだろう。


「……ああ、顔といえば。そのRainって人、昔入れ込んでたキャラクターそっくりの顔してるんだっけ」

「そうらしいな。……ったく、趣味が悪ぃ」


 MMOに限らず、オンライン環境のあるゲームには必ずと言っていいほど有名プレイヤーの偽物が現れる。

 単に憧れから名乗っているケースもあるが、時にはそのプレイヤーの心象を悪くするため、悪意をもって偽物を演じるやつもいるくらいだ。

 まあそれは有名プレイヤーのいるゲームとは切っても切り離せない存在だから仕方ない。

 実際これまでにもRainの偽物は腐るほど現れた。

 俺はそもそもの立場が悪役ヒール寄りだったこともあり、ゲームをやっていた1年前もこれといって気にしていない。

 なんならそのうちの誰かが名前を受け継ぎ、2代目として活動していくことも別に構わないと思っている。

 だからといって、ハルカ――俺の初恋であるNPCの姿を模していいと許可した覚えはない。

 思い出を土足で踏みにじられたようで、正直不快だ。


「ま、その辺はともかくとして……妹はそいつに会いに行くんじゃないかと思う」

「そういうもの?」

「んー……まあ、なんだ。あいつとその友達の間で人気のインフルエンサーなんかは、だいたいリアルでイベントやるだろ? ほら、あいつそういうのずっと行けなかったから。友達とこのゲームやってるなら、なおさら行くんじゃないかなって」


 なるほど、と納得した顔で頷くコヨリ。


「でも分からないわ。そのRainって人……何人がかりでも倒せないくらい一人でなんでもできるのに、やることがNPCのボディーガード気取りなんて」

「……なんか言い方にトゲを感じるんだが」

「せっかくすごい力を持ってるのに、使い方がおかしいって話。もし自分にその力があったらって考えると……悔しいし」


 悔しい、か。

 確かに妬みや嫉みに晒されることはあったし、単純な勝ち負けの結果で悔しがられることもあったが、もし自分にその力があったら……とは初めて言われたな。


「コヨリは、なんでもソロでできるようになりたいのか?」

「……」


 獣じみた青い瞳が突き刺すようにこちらを一瞥する。

 そして、自嘲するように嘆息するとばつが悪そうに目を逸らす。


「なりたかった、よ。今はもう違う」

「なんで過去形?」

「……全部あなたのせいでしょ」


 そう言って、今度は拗ねたような視線を向けられた。


「へ? 俺?」

「私は一人で戦うって言ったのに、勝手にパーティに入ってきて、勝手にアドバイスして、勝手に共闘して……勝手に勝たせて」


 ぶっきらぼうに言ったコヨリはテーブルに突っ伏し、少しだけ顔を上げてこちらを見る。


「わ、悪い! なんか訳ありなんだろうなってのは薄々分かってたけど、妹のために――」

「……ふふ、ごめん。今言ったの、全部嘘」


 目を細めてくすりと笑い、コヨリは首を動かして虚空を見つめる。


「本当は前からずっと悩んでたの。今の……誰にも頼らないプレイがこれからも通用するのかって」

「……ああ、だからか」

「うん?」


 横目でこちらを見るコヨリ。

 なんとなく雰囲気が緩くなったのを感じ、俺も頬杖をついて淡い照明に視線を向ける。


「【カイザーズユニオン】との試合、やっぱり最初から負けるつもりだったんだって確信した」

「……正解」

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