第21話 妹

「早くゲームをクリアしたいのは分かるけど、そんなに深刻に考えること? あなたはまずレベルを上げたりとか、やることはいくらでもあると思うのだけど」

「それはそうなんだが、メインクエストは妹を探すのに使えるかなって思ってたんだ」

「妹さんを?」


 妹は普段からこういうゲームをやるような人間じゃない。

 だから、とりあえずメインクエストを進めていればどこかで会えることもあるかもしれない……なんて考えていたわけだ。

 それこそリアル志向のオープンワールドMMOだ。

 やれることはいくらでもある。


「ほら、ゲーム慣れしてない人って、右も左も分からないからとりあえず画面の指示とかガイドに従いがちだろ?」

「そうなの?」

「ああ、だからあいつなら絶対メインクエストを進めてると思ったんだが……あてが外れたな」


 かといって、いきなりバトルの楽しさに目覚めて戦闘狂になってたりはしないはずなので、ある程度絞り込めそうな気はしている。

 ……いや、どうだろう。

 俺の妹だしな、戦闘狂になってないと言い切れないのがなんともアレだ。


「うーん……なんか普通の女の子が夢中になってやってそうなコンテンツに心当たりないか? ペットとか、ハウジングとか、アクセサリーメイドとか」

「今言ったやつなら全部あるわよ」

「……さすがはアルケー」


 げんなりした顔で言うとコヨリがくすりと笑う。

 いや、褒めてるんだけど褒めてねぇんだ。

 むしろ困ってる。


「はぁ、何かあいつがやりそうなことなぁ……」

「妹さんはいくつ? 私と近ければ、もしかしたらアドバイスくらいはできるかも」

「えっと……たしか――」


 と言いかけたところで言葉を止めると、コヨリが不思議そうに首を傾げる。

 うーん、こういうゲームで軽率に年齢を言わない、そして聞かないのはMMOの常識というよりはネットリテラシーの範疇だと思うんだが……もしかして俺の感覚が普通と違う?

 ……まあいいか、ここは非常時ということで納得しておくことにしよう。


「……15」

「あら、私の一個下ね。もしかしたら学年も一緒かも」

「ってことは16!? 俺と同い年!? おいマジかよ、普通にもっと年上かと思ってた……」

「そんなに驚くこと? 私はあなたのこと、それほど離れてないんだろうなと思ってたわよ。同い年とは意外だったけど」


 いやまあ、“VRネイティブ”は一定の年齢以下が条件だからある程度近いことは分かってたさ。

 たしか22歳だか23歳だかより下が対象だったか?

 って考えれば、少なくとも20歳辺りだと予想するのは自然なことだ。

 コヨリはこの通り、落ち着いてて大人びてるわけだし。


「それで、妹さんがやってそうなことよね。たしか、私の学校では……」


 おいおい、頼むから学校名まで言わないでくれよ……?

 現実世界に戻れない状態で身バレも何もないが、そうあけっぴろげだと普通に反応に困る。


「学校、では……」

「うん」

「……」


 そこで押し黙ってしまうコヨリ。

 何やら雲行きが怪しくなってきたな。


「……妹さんは普段何をしていたの? ほら、部活とか」


 ああ……分かる、分かるぞ。

 俺はほとんど中学に行かないレベルだったが、これはやりすぎにしてもMMOにのめり込むやつは大なり小なりリアルの方を疎かにする。

 どこの学校も大半がリモート授業となっている昨今、自分から積極的にかかわろうとしない限りクラスメイトとの接触も最低限だ。

 現状の最高レベルと比較するとそこまで廃人プレイはしていないだろうが、少なくとも放課後にVRスペースに集まって友達と駄弁ったり、リアルで待ち合わせて遊びに出かけたり、といった普通の高校生をやっていたら到達できないレベルであることは間違いないだろう。

 なんだか昔の自分を見ているようで、懐かしい気分になった。


「……何、その生温かいい目は」

「いや、なんでもないよ。うん」


 抗議の声を無視しつつ、妹の私生活について考えてみる。


「部活はやってなかった。体が弱いからとかじゃなくて、単純にやりたいことがないからって」

「そう。……まあ、やるとなれば周りに心配かけるし、やりたいって言うだけで気を遣わせるからって伏せていた可能性もあるけれど」

「やっぱそうだよな……あいつの考えそうなことだ」


 少しくらいワガママ言ってもいいだろうに、と思いながら、すっかり冷めてしまったコーヒーカップの中身を飲み干す。


「だから普段は部屋で動画見たりしてたな。俺がVRゲーやめたときに使ってた“Dive2VR”をあげてからは、友達とVRスペースでいろいろやるようになったみたいだが」

「ふふ。VRなら体が弱いのも関係ないから、好きなだけ体を動かせるのは楽しかったでしょうね」

「俺もそう思ったから、捨てようとした“Dive2VR”をねだられた時に断れなかったんだ」

「……複雑ね。そのせいで妹さんが巻き込まれたって考えると」


 そう、あそこで俺がきちんと処分していたら、“Rain”の偽物の動画を見たからってアルケーオンラインを始めるなんてこんなことには――


「……あ」


 そこで気づく。

 あるじゃないか、妹が一番やりそうなこと。

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