第20話 メインクエスト

「その言い方だと、なんかあるんだな?」

「そうね」


 コヨリは顎に指をあて、どう伝えるか迷ってるような様子だった。

 そんなに言いにくいことなのか、と少し身構える。


「……まあ、実際に見てもらった方が早いか。メニュー画面を開いてくれる?」

「うん? いいけど……」


 右手を視界の隅に伸ばして、メニュー画面を引っ張り出してくる。


「で、クエストを確認できるところがあるから、それを開いて」

「えーっと……ああ、これだ」


 その中から『クエスト』と書かれたアイコンに触れる。

 すると、現在自分が受注しているクエストが一覧で確認できる画面が表示された。

 当然今は何も受けていないため、リストには何も載っていない。


「ん?」


 その画面の中に、『メインクエスト』という項目があるのを見つける。

 俺が気づいたことを察したコヨリが、何も言わずにこくりと頷いた。


「……さて、何が書かれて……って、あれ?」


 『メインクエスト』タブに画面を切り替えたはずが、相変わらずリストには何もない。

 そもそも昨日始めたばかりなので進行度がゼロなのは分かる。

 だが、どこで開始できるだとか、誰に会いに行けだとか、そういうクエストを始める手掛かりとなる情報も一切書かれていなかった。


「おいおい……マジかよ、まさかノーヒントで始めろってか……?」


 と、この時の俺は現状を甘く見ていた。

 何せ目の前には悪名ながらそこそこ有名と思われるプレイヤーがいる。

 ゲーマーとしての矜持を汚すことにはなるが、最悪攻略情報を聞けばいいと考えていたんだ。

 そして、そんな根拠のない希望は次のコヨリの一言で儚く消え去ることとなる。


「私もまったく同じ状態よ。残念ながらね」

「……へ?」


 ほら、と送られてきたスクリーンショットには俺と全く同じ画面が映し出される。


「……ちなみにコヨリ、レベルは87だったよな。今のプレイヤーの最高レベルっていくつなんだ?」

「トップギルドのリーダーが110にいったとかで話題になってたのが先週の話。多分それが最高じゃないかしら」


 大抵こういうゲームでは、レベルが上がるごとに次のレベルに上がるまでの経験値も比例して増えていく。

 数字上の差は23だが、高レベルであればあるほどその溝は深く広くなっていくというわけだ。

 とはいえ、110を天井として考えれば87も決して低い数字じゃない。

 そんなコヨリですらメインクエストの入り口にも到達していない状況は、はっきり言って異常だ。

 ゲームとして破綻している。


「AIのやつ、アルケーがエンディングを迎えたら俺たちを解放するとか言って、本当はそんな気ないんじゃないのか……? メインクエストも項目だけ作って実際は実装されてないとか……」

「AIの真意はともかく、メインクエストは実装されているわ。さっき話したトップギルドのメンバーたちが見つけて、攻略を始めているそうよ」

「その情報詳しく!」


 テーブルに身を乗り出して鼻息荒く頼むも、しっしっと羽虫を払うように邪険にあしらわれる。


「レイはこういうゲーム、今までいくつもやってきたんでしょ? だったら、彼らが親切に情報を渡してくれるかどうかも知ってるはず」

「……だよなぁ」


 普通のゲームであれば、こういった隠し要素なんかは発見され次第SNSや攻略サイトなどで共有される。

 時には発見者が脚光を浴びることもあるため、ゲーマーたちは我先にと血眼になって探し回るものだ。

 しかし、ことMMORPGにおいてはその限りではない。

 というのも、たとえばその隠し要素がドロップアイテムなどが優秀なモンスターを安定して狩れる狩り場だった場合、人が殺到して本来の効率で狩りを行えなくなる。

 そのため、独占しておくことに価値があるというわけだ。


「まあ、隠してるってことはきっと『ユニーククエスト』絡みなんだろうな」

「『ユニーククエスト』?」

「ワールド……って概念はこのゲームには無いか。まあ簡単に説明すると、全プレイヤー間で進行度が共有されて、ゲーム内で一度しかクリアできないクエストのことだな」


 たしかに情報を公開することで攻略は著しく進むだろうが、クエストの発見者が最終的なクリア者になれないこともある。

 そして、そんなクエストなら自分たちで独占し、クリアして名前を残したい。

 MMOプレイヤーとは、そういう見栄と承認欲求のために全力を出す生き物だ。


「ああ、見栄といえば」

「なに? 急に」

「そのトップギルドさんとやらがメインクエストを見つけたって話、証拠とかも見せてなかったか? そうじゃなきゃいくらトッププレイヤーたちが集まったギルドっていっても根拠が薄いし、あんまり信じてもらえないだろ」

「そうよね……うん、たしかに」


 そしてしばらくぼーっと虚空を見ていたコヨリが、あ、と短く声を漏らす。

 その瞬間、白くてふわふわの耳もぴんと立った。


「誰も見たことがない装飾品を報酬として手に入れたらしい、って聞いたわ。どんなお店にも売ってないし、プレイヤーメイドでもないって」

「『ユニークアイテム』か。まあ、ありがちだな」


 これで独占の理由ははっきりした。

 しかし、アイテムが絡むとなると一気に面倒になるな。

 仮にそのトップギルドと出会えたとしても、情報を渡してくれるかは怪しい。

 アイテムは全て譲るから、と言っても正直確率は半々かそれより悪いかだ。


「……さて、どうしたもんかな」

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