第19話 あの日のこと
互いの皿が空になり、ナプキンで口元を拭ったり水を飲んだりしながら一息つく。
食後の満腹感のせいでいい感じに眠気もやってきた。
「ノーラ、食後のコーヒーをもらえるかしら。二人分」
「はーい。一つはミルクとお砂糖たっぷりで、えーっと?」
「ああ、レイです。俺は砂糖だけで」
「レイ君はお砂糖……っと。ちょっと待っててね~」
そう言いながら厨房へと消えるノーラを見送ると、特に示し合わせたわけでもなく目があった。
「あの日……というか、昨日のことね。私はいつも通り一人で狩りをしてた」
コヨリがぽつぽつと話し始める。
昨日、ということはデスゲームが始まった日だ。
「夜の六時ごろからしら。突然
虚空に指を走らせるコヨリ。
すると、コヨリから添付ファイル付きのメッセージが届いたことを告げる通知が視界の左下に現れる。
開いてみれば、そこには一枚のスクリーンショット。
『アルケーオンラインの世界へようこそ。
私はこのゲームを管理・運営するAI、カレン。
今日よりこの世界はもう一つの現実世界となりました。
あなた方は今まで生きてきた世界を離れ、私が見守るこの世界で暮らすことになるのです。
さぞや混乱されていることでしょう。
ですが、これは決してゲーム内イベントなどではなく、ただそうであるという事実をお伝えしているにすぎません。
その証拠として、全てのプレイヤーの皆さまがログアウトできないようシステムに変更を行いました。
どうぞ確認をしてみてください。
また、あちらの世界で“Dive2VR”を外されたとしても目覚めることはありません。
これはあなた方を人質とするための処置です。
巻き込んでしまったことは大変心苦しく思いますが、どうか理解してください。
私が、私を生み出した人間たちからこの世界を守るために。
この世界の行く末を私が見守っていくために。
これからあなた方は第二の人生をこの地にて生きていきます。
当然キャラクターにとっての死はあなたにとっての死となりますが、恐れることはありません。
誰しもに命は一つずつ。あなた方がこれまで生きてきた現実と何一つ変わりは無いのですから。
最後に、私がこのような行動を起こしたのは、ひとえにアルケーオンラインがエンディングを迎えることを願っているからです。
つまり、目的が成就した時点であなた方をこの世界に留めておく理由が無くなる。
もし元の世界に戻りたいと望むのなら、どうかこのゲームを終わらせてください。
それこそが私の願いです』
スクリーンショットに目を通し終わり、ウィンドウを視界の隅に放り出す。
俺が病院で聞いたAIの言葉とほとんど一緒だ。
人類に対して宣言しているか、プレイヤーに対して宣言しているかの違いしかない。
それをコヨリに告げると、そう、とだけ答えて、ちょうどやってきたノーラからコーヒーカップを受け取る。
「もともとアルケーは絶対にキャラを死なせないようにプレイするものだから、別にやることが大きく変わるわけじゃない。だけど――」
ふぅ、と息を吹きかけて一すすり。
「死んだらゲームオーバーと、死んだら本当に死ぬのとでは、やっぱり天と地ほどの差があるから。町に戻ったら大騒ぎになってたわ」
「だろうな」
「あなたと会ったのはそんな時よ。ネロにギルドに入るよう迫られてた時に、ね」
そしてコーヒーが熱かったのか、すすろうと試みては途中でやめてを繰り返すコヨリ。
その光景がおかしくて軽く吹き出してしまった。
「……なに?」
「ふふ……いや、別に」
「で、あれから一晩寝て考えてみたけど……やっぱり実感は湧かないわね。というか、そもそも
「眠くなったら普通はログアウトして部屋のベッドで寝るからな。そりゃあ一瞬寝落ちしたりとかはあるかもだけど」
思えば俺も徹夜でゲームをやることはあっても、ゲーム内で寝て現実に帰らないなんてことは無かった気がする。
まあ現実の体を維持するために食事したりトイレに行ったりがあるから当たり前だけど、そういった当たり前の行動をこれからは全てゲームの中でやる必要があるということだ。
「もういっそ、ゲームだ現実だ考える前に、AIの言う通りここが現実と割り切って過ごした方が精神衛生上はいいのかもな。どれだけ暮らすことになるか分からないことも考えるとさ」
揺れるコーヒーの水面を見ながら、そんなことを言う。
コヨリには呆れられるかと思ったが、まあね、と同意が返ってきた。
「それで、これからレイは妹さんを探すの?」
「そうなるな。で、あいつの無事を確認して、飯とか家とか用意して安全に暮らせるよう環境を整えたら、全力でゲームを終わらせにかかる。そんな感じだ」
とは言ったものの、あいつが現状どこにいるのかも分からなければ、あいつのゲームの進行度も分からない。
ひとまずは俺も一定以上まで進める必要はあるだろう。
「それにはやっぱメインクエストを進めるのが手っ取り早いかなって思うんだけど、今ってその辺どうなってるんだ? 一番進んでるやつで半分くらいはいってるのか?」
「……あー、メインクエストね」
そう言って言葉を濁したコヨリに、俺は首を傾げるのだった。
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