第18話 負い目
「餓死がありえる世界か。いよいよ……ゲームって感覚ほとんど無くなってきたな」
瑞々しい葉物野菜のサラダを食べながらそんなことを言う。
こんなの、どんなゲームでだって味わったことはない。
リアリティだとか、そんな言葉すら生温いと感じるほどに、目の前の食事は現実的だった。
「そりゃあ死んだら本当に死ぬ世界だもの。アカウントが使えなくなる、って話ではなくて」
「……あー、えっと……そのことなんだけど」
歯切れ悪く言った俺に、コヨリが不思議そうな顔で首を傾げた。
どう説明すればいいかを考え口を噤んでしまったが、俺の表情から何かを感じ取ったのか、コヨリは食事にも手をつけずこちらが続けるのを待ってくれている。
そのおかげか、意外にもあっさりと話す決心がついた。
「俺、実はアルケーがこんなことになってからゲームを始めたんだ」
「そう。……は?」
なんだ、そんなこと……という反応をしてから俺の言葉の異常さに気づいたのか、コヨリはスープをすくおうと手に取ったスプーンを取り落としてしまう。
カランカラン、と店内に響く軽快な金属の音。
それを聞きつけ、ぱたぱたとこちらに走ってきたノーラが新しいものと変えてくれる。
そして俺たちの間に流れる微妙な空気に気づくと、顔を引きつらせながら何も言わずにそそくさとテーブルを離れていった。
「……ごめんなさい。一応確認するんだけど、こんなことになってから……っていうのは、アルケーオンラインからログアウトができなくなってからって意味であってるかしら」
「ああ、それであってる」
「そう……そうよね」
ちょっと整理させて、とでも言いたげに目頭を押さえたコヨリは、しばらくそのまま押し黙る。
彼女の動揺ももっともだ。
死んだら終わりのデスゲームが始まった時点で、きっと誰しもに未来への恐怖や不安、こんなゲームをやってしまったことへの後悔があったことだろう。
それはコヨリも例外ではないはずだし、表に出さないだけで今も心の中に陰鬱な感情が渦巻いているかもしれない。
そんな時、“偶然巻き込まれた”のではなく、“自ら望んでこの状況へ飛び込んだ”者が現れたんだ。
どうしてだとか、イカれてるだとか――そういう普通の反応より先に、意味が分からないと混乱するに決まっている。
「無意味な嘘をつく人じゃない……とは思うから、一応信じる。信じるからこそ分からないんだけど――」
「うん、だから順を追って説明するよ。色々質問する前に話しておこうと思ったんだ。どうして情報が必要なのか、それを知っておいてもらいたかったから」
顔を上げたコヨリが真っ直ぐな瞳で俺を見る。
それから俺は、昔とあるゲームにのめり込みすぎるあまり妹を死なせたかもしれなかったこと、その戒めのため誓いを立ててゲームを一切やめたこと、けれど妹が自分のせいでこのゲームをやっていたこと――そして、妹を連れ戻すためにこのゲームを始めたこと。
それらをかいつまんで説明していく。
その間コヨリは相槌を打つことも、茶化すことも、深く追求することもせず、ただじっとこちらの話を聞いてくれた。
やがて全てを聞き終えると、ふう、と息を吐いて目を伏せ、いつも通りのクールな青い瞳がこちらを見る。
「事情は分かった。話してくれてありがとう」
まさかここでお礼が帰ってくるとは思わなかったので、虚を突かれたような反応をしてしまう。
「どうしたの?」
「いや、なんでも……」
初対面でも感じたコヨリの人の良さ、その印象は決して間違っていない。
今自信をもってそうだと言えるほどの確信に変わった。
そんな彼女の他人を一切信頼しないプレイスタイルがいやにちぐはぐに思い、もし尋ねたら話してくれるだろうか、とそんなことを考えてしまう。
「すごいわね。普通、家族でもそこまでできる人は少ないと思うわ」
「やっぱり負い目がある……のかも」
「妹さんが倒れたって時のこと?」
「いや、それよりもっと前」
氷が溶けてだいぶ薄まったレモンティーのグラスを煽る。
「妹は体が弱くてすぐ体調崩してたから、親も熱心に構うわけよ。ガキだった俺は親を取られたみたいで、それがおもしろくなくてさ……妹にキツくあたってた」
「……」
「でもあいつ……今にして思えばなんで俺が怒ってるのか知ってたみたいで、ずっとごめんねって謝るだけだった。おかしいだろ? あいつは何も悪くねぇのにさ」
環が俺からの理不尽な怒りにやり返してくれて、険悪な仲になっていたならまだマシだっただろう。
お互いを憎み合っていればそれはそれでバランスが取れる。
けれど、あいつはそうしなかった。
「俺はそのくらいからVRゲーにのめり込んだんだ。で、そのうち俺もガキを卒業して、落ち着いて、何となく謝る機会を失ったまま中学生になって……後はさっき話した通り」
「そう」
ふと伸びてきた手が俺の目じりをさっと拭う。
そのしなやかな指はひんやりと冷たく、一瞬の触れ合いのはずが、溢れ出してしまいそうな熱を魔法みたいに奪っていった。
「髪の毛を払ってあげただけ。気にしないでいいわ」
コヨリはそう言って少しだけ目を細めて微笑む。
暖色の室内灯が揺らめき、ちょっと手狭な店内に心地のいい静寂が訪れた。
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