第17話 リアルっぽい

「ねえねえ、コヨリちゃん。この人ってさぁ」

「勘違いしないで。ただの知り合いよ」

「えー? 嘘だぁ。だって、あのコヨリちゃんだよ?」

「どのコヨリちゃんよ……。そんなのいいから、早く注文取って」


 席までやってきたノーラと自然な会話をするコヨリ。

 二人の親しい関係性が窺えるが、そう見えてしまうこと自体が異常であると俺はよく知っている。

 ある時期のゲームから、対話のできるAIを搭載したNPCが登場するようになった。

 とはいえ、その反応はどこかぎこちなかったり、言外の意味を察することができなかったりと、実際の人間とは程遠いものだ。

 だがこれはどうだ?

 ゲームの仕様でNPCとプレイヤーの見え方に差が無ければ、俺はきっと区別がついていなかっただろう。

 彼女はそれほど自然でリアルな存在だった。


「ってば……ちょっと、聞いてる?」

「あぁ、ごめんっ。なんだって?」

「何を飲むかって聞いてるの。……大丈夫? もしかして眠い?」

「いや、眠気は全然。ただ……」


 まるで人間のように自然に会話できるNPC。

 その存在は俺にとって言葉以上の意味を持つ。

 ……まだ未練があるのだろうか。

 いや、そりゃそうだ。あれだけ入れ込んで、ログインしなくなったらはい忘れました、なんてことになるはずもない。


「あ、飲み物でしたよね。じゃあコーラを」

「はい? コーラ?」

「……あるわけないでしょ、そんなもの」


 頭にはてなを浮かべながら首を傾げるノーラと、呆れたように頬杖をつき嘆息するコヨリ。

 そうだ、ここはゲームとはいえファンタジー世界だった。


「お酒以外だと果実系のジュース、紅茶にコーヒー、あとは水とか、その辺ね」


 メニューは視界の右端にあるアイコンをスライドよ、と教えてもらい、結局メニューの中のアイスレモンティーを注文した。

 コヨリはどうやらミルクを注文したようで、透明なグラスに氷と一緒に注がれた牛乳が運ばれてくる。


「……あれ、ミルクなんてメニューにありましたっけ」

「お酒用のもので単品はメニューにないわ。ただ、お願いして特別に出してもらってるの」

「そんな融通まで利くんだ……」

「え、他のゲームはこうじゃないの?」


 そういえばゲームはアルケーが初めてだとか言ってたっけ。

 ……というかその言い草だと、もしかしてここだけじゃなく、アルケーオンラインの世界全体がこうなのか?

 だとしたら、AIの言うもう一つの現実世界、というのもあながち間違いではないのかも――


「……まあ、それはいいか。私たちは、今この世界以外のことを考えても仕方ないわけだし」

「あはは……そうですね」


 それじゃあ、と言ってどちらからともなくグラスを合わせる。

 一口飲むとレモンの爽やかな香りが鼻を抜け、よく冷えた紅茶がPvP後の火照った体に染み渡っていく。

 過去やったどんなVRゲーもここまでゲームに関係ない感覚を再現したものはなかった。

 理由はもちろん、開発に手間もお金もかかるうえ、ゲーマーにとってはだから何だという部分だからだろう。

 世界への没入感という意味では無駄とまでは言わないが、制作のコスパが悪そうなのは何となく分かる。


「ん……そうだ、レイ」

「はい?」

「あなた、どうして敬語で話してるの? 時々崩れてたけど、そのたびに元に戻してたし」

「え? ……あー、オンラインゲームで誰かと話す時って基本は敬語使ってるので、クセみたいなものですかね」

「そういうものなの?」

「ルールというかマナーというか、ロールプレイとかしてないならよっぽど仲良くない限りは敬語使った方がいいですね」


 まあ上級者が初心者に対してフランクに接するのはよくあるので、時と場合によると言った方がいいだろうか。


「ああ、別にコヨリさんに敬語使えって言ってるわけじゃないですよ? あくまで俺のクセってだけで」

「それなら私にも敬語じゃなくていいわ。後、さん付けもいらない。なんか堅苦しいし」

「いいんですか?」

「別に、気にしないから」


 そう言ってグラスを煽るコヨリ。

 その所作はどこか上品で、やけに堂に入っていた。


「じゃあ、これからはコヨリで」

「ん」


 意識してか無意識のことか、名前を呼ぶとぴんと上を向く耳がちょっとおもしろかった。

 そして、飲み物の後にコヨリが適当に注文していた食べ物たちが続々と運ばれてくる。

 野菜、スープ、肉と食材のバランスも取れていて、昔家族で食べた記憶のあるコース料理のようだ。

 俺が注文していたらこうはならなかっただろう。


「ああ、そうそう。他のゲームはどうか知らないから一応言っておくけど……このゲーム、ちゃんと水分補給したりご飯食べたりしないとステータス下がるから注意した方がいいわよ」

「空腹ゲージや水分ゲージはMMOじゃなくても結構あるな。むしろMMOよりはクラフト系のゲームに多いイメージだ」


 ただ大抵はゲージとして可視化されているだけで、本当にお腹が減ったり喉が渇いたりするわけじゃない。

 腹の虫が鳴るのもSEだけだ。


「実際にやったことはないけど、噂によれば何日も飲まず食わずのまま活動したら最悪死ぬ可能性もあるみたい。結局は現実と一緒で、お腹がすいたら食べろってことね」

「味や匂いがここまでちゃんと再現されてるならいいよ。昔やったゲームで、技術不足か知らないけど感覚再現がめちゃくちゃで、酢漬けにしたゴムみたいな味の肉を食わされたことあるから……」

「……食事中にそういう話するの、やめてもらえるかしら」

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