第16話 GG
「ま、バトルジャンキーでも何でもいい。負けは負けだ。……ちっ、どうせなら二人まとめてギルドに入れたかったってのによ」
ネロはどこか不貞腐れたように言いつつ、その実あまり悔しがってはいないような気がした。
それは他のメンバーも同じで、もしあの時ああしてたら、と試合を振り返りながらこれまでの作戦や立ち回りを見直しているようだ。
「何度も言うようですけど、いいギルドですね。……ああ、これは勝ったから言うわけじゃないって前置きしつつ、俺やコヨリさんは多分プレイスタイル的に合わないから、これでいいんじゃないかなってだけお伝えしておきます」
「……いや、分かってんだけどよ、そんなこと。見合わねえよな、俺たちじゃ」
「いいえ、レベルが違うってわけでもありません。本当に、プレイスタイルの問題です」
個人技に優れているからといって、チームプレイができるかどうかはまた別の問題だ。
俺は多少コヨリに気を遣うような立ち回りをしたが、コヨリの方からはほとんどそういう歩み寄りが無かった。
もちろんそれを踏まえた立ち回りをすれば問題無い……というのは、今回のように即興で組んだ場合だけだ。
俺がやったみたいにコヨリを軸に他のメンバーでサポートしつつ作戦を展開するという方法もあるが、自分を信頼してくれない相手を信頼しろというのは土台無理な話。
本当の意味で背中は預けられないのだから、何度か上手くいっても決して長続きはしないだろう。
チームに亀裂が入るのは時間の問題だ。
「ちゃんと連携の取れる前衛のアタッカーを探してみてください。きっと化けますよ、このギルドは」
「はっ……初心者に言われてちゃ世話ねえな。んなこたぁ分かってる。だからジャンを入れたんだからな」
コヨリの【影狼】で真っ先に落ちた男、ジャンが困ったように笑いながら周囲にぺこぺこと頭を下げていた。
なんだ最初のあれはよ、と煽られ放題だが、チームの雰囲気は決して悪くない。
俺たちがここに入っていくのは……うん、違うな。
「レイ」
ぽん、と肩に手を置かれる。
気づけばすぐ隣に立っていたコヨリが、さっさと行くわよ、とでも言いたげな顔でこちらを見ていた。
「それじゃあ皆さん、
「お疲れ。それじゃ」
簡潔にそれだけ言ったコヨリが先にPvPフィールドを離れる。
俺はこちらに手を振る【カイザーズユニオン】の面々に頭を下げながら、視界の隅の退出ボタンに指を伸ばすのだった。
◆ ◆ ◆
戻ってきたのは月明りで朧げに照らされた草原フィールド。
さっきまでの昼の明るさに目が慣れてしまったせいか、足元が見えるようになるまで少し時間がかかりそうだ。
「戻ったわね」
コヨリの声に振り向くと、そこにうっすらと白銀の輪郭が浮かんで見えた。
「お疲れ様でした、コヨリさん。よかったですね、ギルドに入らずによくなって」
「ええ、あなたが余計なことをしてくれたおかげでね」
そう言って鼻を鳴らした後、何テンポかおいて頭痛をこらえるようにこめかみを押さえ、長い溜息を吐いた。
「……違うわね。分かってる、分かってるんだけど、その……」
「いいですよ、余計なことをしたのはその通りですから」
「でも……」
「俺も俺の目的のためにコヨリさんを利用したまでです。気にしないでください」
その言葉に、コヨリがほんの少しだけ微笑んだ気がした。
こんな頼りない月明りでなければはっきり見えたのかもしれない。
それが残念ではあった。
「さて、行きましょうか」
「行くって、どこに?」
「ご飯。そろそろお腹も空く頃じゃない?」
と言われて意識してしまったからか、盛大に腹の虫が喚き始め、はい……とか細く鳴く羽目になってしまうのだった。
◆ ◆ ◆
やってきたのはセントタウン。
その路地裏の奥まった場所にある何ともこぢんまりとしたお店。
五人掛けのカウンター席の他に、テーブル席はなんと二つしかない。
当然ながら俺たち以外に客の姿は無く、店主と思しき女性はこんな場末の店に似つかわしくないほど若く見えた。
「あら、いらっしゃいコヨリちゃん」
「今日は二人。テーブルの方でいいかしら」
「もっちろん! ふふっ、コヨリちゃんが他の子連れてくるなんて、驚いちゃった♪」
ウェーブがかったピンクの髪に、頭には白いバンダナ。
暖色の室内灯が映る赤い瞳は垂れ目がちで、人当たりのよさそうな笑顔が印象に残った。
そして、注視しているうちに頭上に「ノーラ」という名前が浮かんでくる。
これはプレイヤー相手では発生しない現象だ。
「あれ……あの人、もしかして……」
「そう、NPC。あまりにも自然な受け答えするから、最初は私も気づかなかった」
そこで思い出したのは、アルケーに潜る前ニュースで報道されていた――『これよりアルケーオンラインの世界はあなた方にとっての異世界、ということになるのでしょう』というAIの言葉。
まさか、本当にNPCが普通の人間のように暮らしているというのだろうか。
彼女は生きていて、毎日同じ時間に店の準備をして、こんなところで来るかも分からない客のために店を開ける――
そんな、普通の生活を送っているのだろうか。
「ほら、座って」
「は、はい」
コヨリに促され、考えがまとまらないまま対面の木の椅子に座る。
ギイ、という軋みがリアルで、ここに何十年も置かれていたかのような存在感があった。
「この際だから、聞きたいことには全部答えてあげるわ。お礼も兼ねて、ね」
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