第3話 最初の街で②

「なあ、いい加減強情はよせって。こんなことになっちまったんだ、これからは皆で協力していかねえと」

「何度も言わせないで。私は一人でも平気、もう構わないで」

「平気なわけねえだろ! おいコヨリ、今日という今日はうんと言うまで逃がさねえぞ」


 複数人――男女混合でざっと5人といったところか。

 そんな彼ら彼女らに取り囲まれ、さらにリーダーと思われる男に詰め寄られる一人のプレイヤー。

 何かのイベントか? と思い駆けつけてみたが、不安そうな表情で遠巻きに眺める初心者たちを見る限りどうやらそうではなかったようだ。


「もし本当に平気だってんならそれを証明してみせろ。俺たちのギルド全員を相手に、お前一人で勝てたら今度こそ諦めてやる」

「どうして? あなたたちに証明する必要なんて私にはない」


 コヨリ……と呼ばれた女性プレイヤーが、数の差に怯むことなく詰め寄る男を睨み返す。

 その剣幕に一瞬たじろいだ男だったが、歩き出そうとするコヨリを引き留めるべく壁に手をつき進路を塞ぐ。


「……逃がさねえって言ったろ?」


 あー……なるほど、なんとなく話の流れが分かった。

 ソロ専を貫こうとするプレイヤーと、そんな彼女を無理矢理にでも勧誘しようとするギルドだったか。

 前にやってたMMOでもあったな、こんな感じのやり取り。


「……」


 まさに一触即発の雰囲気。

 街の中でプレイヤー同士の戦闘ができるかは分からないが、事が始まれば話しかける機会は失われるだろう。

 さて、どうしたもんかな。

 アルケーオンラインのアイテム事情には詳しくないが、ぱっと見る限りどちらも装備は整ってそうな感じがする。

 さっきの会話から察するに、少なくとも昨日今日始めたってわけでもなさそうだ。

 もしかしたらこの街を拠点にして活動してるのかもしれない。

 情報を得るにはまたと無い機会だが――


「あのー、お話し中すみません。ちょっといいですか?」


 その場にいたプレイヤーの視線が全て俺に向けられる。

 そりゃあそうだ。

 誰もこんな時に横槍を入れられるなんて思わない。


「……なんだ初心者か。後でアイテムでもやるからあっち行ってろ」

「あ、そうじゃなくてですね。PvPやるなら近くで見せてもらいたいなって思いまして」

「はぁ?」


 男の方が首を捻る。

 その隙にこちらの脇をすり抜けようとするコヨリ。

 狼を彷彿とさせる白銀の髪と耳、腰元に視線をやればちゃんと尻尾もある。

 なるほど、キャラメイク時に選べた獣人ってやつか。


「5対1でも勝てるくらいすごいプレイヤーの試合、間近で見てみたかったんですが……すみません、いくらなんでもそれはさすがに無謀ですよね」


 悪いとは思いつつ煽るような言葉を投げかける。

 そんな俺の思惑通りに立ち止まり、コヨリは肩越しにこちらを睨みつける。

 獣じみた青い瞳が怒りと敵意で鈍く燃えていた。


「ははっ。いいな、お前気に入ったよ。コヨリを加入させたら、その後に見習いとしてお前も入れてやる」

「ありがとうございます、考えておきます」


 にこやかに無難な返答をしつつコヨリの方を見やる。

 さて、あとはこっちが乗ってくれるかだけど――


「……私が負ける前提で話すの、やめてもらえるかしら」

「だったら話は早ぇ。実際に戦って勝ちゃいいだけだ」


 明らかに不利な条件を突きつけられているんだ、普通なら一蹴して相手にもしない。

 それでも、安い挑発に乗ってでも守らなければならない何かがある。

 つまり――この人も訳ありってことか。


「……はぁ」


 眉を寄せ苦慮に苦慮を重ねた挙句、何も思いつかなかったのか諦めるように溜息を吐いたコヨリ。

 そして冷静さを取り戻したクールな瞳がこちらを一瞥して、それから不愉快そうに視線を逸らした。


「全身初期装備……よくもまあ、たった今始めました、みたいないかにもなプレイヤー見つけてきたわね」

「あ? なんの話だ」

「とぼける必要なんて無いでしょう? 私を煽るためにこんな当て馬まで用意して……そうまでして私をギルドに加えたいなんて、どこかおかしいんじゃないの?」


 そう言って自嘲気味に鼻を鳴らすコヨリ。


「どういうことですか? もしあなたが有名なプレイヤーなら、どうにかしてギルドに入れたいと思うのは普通だと思うんですが」

「……知らないわよね、そりゃあ」


 ギルドマスターと思われる男がこちらの肩に肘を乗せてくる。

 こいつやけに馴れ馴れしいな、と思いつつ、初心者相手に取る態度としては別段珍しくないので黙っておくことにした。


「こいつ、腕は確かなんだがチームプレイがからっきしでな。もっと言やぁ、【エンハンサー】っつうバフが得意な職業なのに、スキル成長の過程で自分以外にバフをかけられなくなっちまって、今やパーティにすら誘われない一匹狼ってやつよ」

「望んでそうなったのよ。私は誰の力も借りずにやっていけるから」

「ま、パーティに誘われねえのはこの性格もあると思うが」

「ほっといて」


 ちょっとした違和感を抱きつつ、はあ、と生返事をしてもう一度コヨリの装備に目を向ける。

 左右で長さの違う刀剣系武器の二刀流。

 軽さと耐久性を突き詰めていった結果、無骨なデザインにならざるを得なかったようなグレーのロングコートを見る限り、AGI敏捷寄りのステ振りと思われる。

 そこに自己バフ特化のスキル構成にソロ専の立ち回りとくれば……まあ、割と馴染みのあるキャラビルドだ、合わせられないことも無いだろう。


「えっと、それじゃあ俺はコヨリさんの方につかせてもらいますね」

「「は?」」


 唐突にそんなことを言った俺に、左右から奇異の目が突き刺さったのだった。

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