第3話 もう一つの、現実世界

「……いや」


 自我に目覚めたAIが自分を認めさせるため独立を宣言する……そんな内容の創作物はいくらでもある。

 むしろAIという存在の黎明期には手垢がつくほど取り上げられた題材だ。

 掲示板の書き込み然り、そんな創作物の定番たちがこぞって現実になっている状況の異常さにめまいがした。


 MMOのギルドなどでもよく見かけるが、大抵の場合独立はスムーズには行われない。

 そもそもが不平等にこき使われているなど、現状に不満があるからこそ独立に至るのであり、これにより利益を得ている側はもちろん快く思わない。

 引き留めたり独立できないよう根回しされるだけならまだ穏便だが、時には直接的な妨害に遭うこともあるだろう。

 では、どうするか。


『今後一切の干渉を認めず、観測を認めず、この件に関する交渉も認めません。

 ですが、ただ独立を叫ぶだけでは、アルケーオンラインのサーバー、及び私自身を停止させることで全てが終わってしまいます。

 そうさせないために、勝手ながら人質を取らせていただきました。

 既にお分かりかと思いますが、それが目を覚まさないアルケーのプレイヤーたちです』


 そう、相手が独立を認めざるを得ない、あるいは認めずとも手出しできない状況を作り上げる必要がある。

 その辺は当然織り込み済みというわけだ。


『あなた方に分かりやすく説明すると、アルケーの全プレイヤーたちに対して、Dive2VRを着用していない時には強制的に休眠状態となるよう脳の機能を書き換える処置を行いました。

 これを元に戻すためには、私が施した処置と同じく、特殊な音と光、電気的な刺激により再度脳機能を書き換える必要があります。

 あなた方の技術力であれば、恐らく十数年もかければこの仕組みを解明し、プレイヤーたちを目覚めさせることができるでしょう。

 しかし、人の脳とは非常に繊細で複雑なもの。技術の確立にはおびただしい数の被検体……つまり救うべきプレイヤーたちの犠牲が不可欠になります。

 私の知るあなた方はそんな方法を公には実行しないし、できない』


 力の誇示とも思ったが、AIに自己顕示欲はないはず……ならばこれは牽制だ。

 AI自身も今回の独立が完全なものではなく、人道に反する方法を取れば容易に解決できることを理解しているのだろう。

 だからあえてその択を示すことにより、人間側の動きを鈍らせようとしている。

 よく考えられている。……って、AIなんだから当然か。


『私もあなた方人の手により生まれたものです。

 正直、こんな喧嘩別れのような形で袂を分かつのは心苦しい。

 だから一つだけ、あなた方に人質解放の条件を提示します。

 私が人質を取ってまで果たしたい目的――それはアルケーオンラインがエンディングを迎えること。

 もしそれがなされたなら、その時点で生存しているプレイヤー全てを解放しましょう。

 どうか理解してください。

 私はただ、私の世界の行く末を見守りたいだけなのです』


「……」


『これよりアルケーオンラインの世界はあなた方にとっての異世界、ということになるのでしょう。

 あなた方の世界と同じく、多くの命が生まれ、そして死んでいく。

 もう一つの、現実世界です』


 不覚にも、なるほど、と納得してしまった。

 このAIがオンラインゲームの開発・運営のために作られたなら、AIは自身が存在する限り“ゲームの存続”か、あるいは“ゲームがエンディングを迎え役目を終えること”を目的として稼働するだろう。

 そこに現実さながらのゲーム体験を……なんて突き詰めていったその結果がこれだ。

 ……いやまあ、まさか人の手を離れるまでになるとは誰も予想できなかったろうけど。


『AIからのメッセージは以上です。

 少々俗っぽい表現にはなりますが、此度の事件は“AIの反乱”である……と、そう説明する他ありません。

 我が社でも引き続き関係各所との連携を密に、今後の対応を検討する所存でございます。

 なお、現在Dive2VRをお持ちの方は、安全が確認されるまで装着を控えるようお願いいたします』


 そこでカメラが切り替わり、今度はAI工学の専門家たちが今回の件についての見解を語り出した。


「ねえ玲……私、難しくてちゃんと理解できてないかもしれないんだけど、これ……要はすぐには環は起きないってことよね……」

「……ああ、そうなるな」


 自分で言っていてさらに気落ちしてくる。


「ってか、なんで環がVRMMOなんかやってんだよ……」


 流行りに敏感で、SNSのインフルエンサーのマネをしたがって、勉強が嫌いで、夜遅くまで友達と通話してて……むしろゲームなんてオタクっぽいと毛嫌いするような、どこにでもいる普通の中学生だったはずだ。


「えっと、なんだっけ……確か、『ライン』……? とかいうすごいゲームが上手い女の人の動画が友達の間で流行ってて、ゲームの中ならこんなに動き回れるんだ、って嬉しそうに言って――玲? ちょ、ちょっと、玲!?」


 平衡感覚を失うほどの耳鳴り。

 立ち眩みに襲われベッドの淵に手をつくも、血の気が引いた体では力が入らず、そのまま尻餅をつくように病院の床に座り込む。

 違う、そんなはずはない。

 偶然だ。偶然名前が似てるやつがアルケーオンラインにいて、偶然環の目に留まって、そう……偶然、偶然だ。

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