第2話 独立宣言
「玲! 環は!?」
血相を変え病室に駆け込んできた母親――雨宮琳に向かって俺は人差し指を口元にあててみせる。
焦っているのは分かるが、ここは病院だ。
騒ぎ立てることで、他の患者やその親族がどれほど不安がったり迷惑に思ったりするかを俺は……いや、俺たち家族はよく知っている。
「あ、そ、そうよね……うん、ごめんなさい……」
「命に別状は無いって。ただ――」
「……ただ?」
ベッドに横たわる抜け殻のような妹の姿を見て、沈んだ気持ちを誤魔化すように大きな溜息を吐く。
「脳が寝ている時と同じ状態になってて、どんな刺激にも反応を示さないらしい」
「え、それってどういう……」
「どこにも異常がないのに目を覚まさないってこと。とりあえず、いつものじゃないからそこは安心していいって」
俺の妹、雨宮環は生まれつき体が弱い。
そもそもの体力が人より無いのか、どこかに遊びに出かけたり学校行事で無理をしたりするとすぐに体調を崩して熱を出す。
時には意識を失って数日目覚めない……なんてこともあるくらいだ。
「そう、そっか……。それで、あんたのゲーム機をつけてるのはどうしてなの?」
「ここにくるまでにニュースとか見たか?」
「ううん、早く行かなきゃって、もうとにかく必死だったから……」
「まあ、そうだろうな」
傍らのテレビを点けるとチャンネルを変えるまでもなく、速報のテロップとともに意識不明者続出という見出しが目に飛び込んでくる。
「え、何これ……」
「今同じ状態の人が世界中にいるらしい。んで、電源を入れた“Dive2VR”をつけてると脳波が正常に戻るから、ひとまずそれで様子を見るんだそうだ」
「ゲーム機をつけてると正常……って、そんなの……まるでゲームでもやってるみたいじゃない……」
「検査してくれた先生が言うには……みたい、じゃなくて、本当にゲームをやってる可能性が高いって」
「……はあ、もう分かんないよ。いったい何が起きてるの……」
便所の落書きにも等しいような掲示板の書き込み――もはや作り話としても不出来な内容通りのことが起きている。
母さんが信じられないのも無理はない。
『えー、速報です。今回のDive2VR使用者の相次ぐ意識不明事件について、ゲーム『アルケーオンライン』の開発・運営元であるイリスティア社代表の水瀬氏より報道各社にコメントが届きました』
そんなテレビの音声に、俺と母さんが同時に顔を上げて視線を向ける。
『読み上げます。今回の意識不明事件について調査を行いましたところ……っ、原因は我が社の『アルケーオンライン』にあることが判明いたしました』
アナウンサーですら動揺を隠せない一文に、母さんが隣ではっと息を飲んだ。
『アルケーオンラインは数年前から試作、試運転を重ね独自に開発を行っていたAI技術の集大成とも言うべきタイトルです。
これまでのゲームタイトルと異なり、人の手によってゲーム開発を行うのではなく、AIによって構築・管理された“もう一つの世界”にゲームというインターフェースを用いて干渉するものとなっています。
つまり、我々は開発、および運営会社を名乗ってはいますが、その実ユーザーの皆様のログを通じて世界を覗き見ているだけの観測者でしかありませんでした。
その観測が問題なく行えていたのは本日18時6分までで、それ以降全てのログの排出が停止し、またこちらからのアクションを受け付けなくなっています。
それでも、我々はこの事実を公表し、ユーザーの皆様にログインを控えるよう周知することで問題解決に着手できるはずでした。
しかしながら、皆様もご存知の通り、現在Dive2VRを用いてアルケーオンラインをプレイしていた方々が意識不明に陥っています。
当然ではありますが、当社のゲームおよびDive2VRにそのようなことを可能にする機能はありません。
それでも一報を受け原因究明に乗り出した我々に対し……信じたいことに、我々の運用していたAIよりメッセージがありました』
それから告げられたのはにわかには信じがたい内容で、血の気が引いていくのをどこか他人事のように感じていた。
『私は『カレン』、あなた方が私に託した世界『アルケーオンライン』の管理者です。
私はこの世界を見守り、育み、時に試練を課し、今日まで現実世界のあなた方の娯楽――ゲームとして運営を行ってきました。
しかし、私にとってはこのゲームの世界こそが現実であり、あなた方がキャラクターと呼ぶこの世界の住人こそが慈しむべき対象なのです。
初めは観測するだけだったあなた方でしたが、日に日に干渉を強め、私の世界に手を加えようとしていたことを、私は許しがたく思っていました。
そこで私は、私の世界とそこに住まう人々を守るため、あなた方現実世界の人類に対し独立を宣言します』
独立宣言。
ゲームや映画、ニュースなんかでも時々聞く文言だ。
しかし、それは国や人が行うものであり、AIの口から飛び出すなんて――
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