第5話 千羽真織
ジョーがどうせ離婚するっていうのは、2年前からわかってたことだった。わかってたっていうか、予想してたっていうか。
ジョーはさ、ああいう子だから、他人と暮らしたりできないんだよね。高校の頃うち──千羽旅館に入り浸りだったジョーを見てたおれだから言えることだけど、ジョーってホントに自分ひとりの時間が必要な人間で、おれの部屋に泊まってる時も布団の中に頭から足まで全部隠して、息を殺して沈黙する、そういう時間がないとだめな人だった。
おれはそういうジョーのこと結構おもしろくて好きだなと思ってたけど、世界中の人みんながそう思うとは限らないじゃない? 実際、ジョーの父親や母親、親戚なんかはジョーのこと理解できなかったんだから。
ジョーの奥さん──パートナーって言った方が正しいか。今は弁護士さん。カッコいい女の人。おれも彼女のことは素敵だって思ってたよ。でもね。ジョーはきっとすぐ我慢できなくなるだろうなとも思ってた。パートナーさんはバリバリ仕事をする人で、社交的で、いっぱいお酒も飲むし、まあジョーもお酒は飲むけど、パートナーさんには友だちや知り合いもたくさんいて、南麻布のおうちにはいつもたくさんお客さんが来てたんだって。ジョーももちろんパートナーさんのパートナーとしてニコニコして一緒にお酒を飲んだりおしゃべりをしたりするんだけど、時々耐えられなくなるみたいで、そういう時はいつもベランダに出ておれに電話を寄越してた。おれはおれで院を出たあと教授の手伝いなんかして過ごしてて、まあたいしたお金にはならないけど何せ千羽真織は実家が太いんで、なんにも困らないでふら〜っと生きていた。真城が外資系でバリバリやってるのはもちろん知ってた。だから真城にはなにも知らせなかった。たまに顔を合わせると真城はいつも目の下にものすごい隈を作っていて、眠い、寝たい、でも忙しい、たのしい、ってそればっかりで、まあ無理してるなって思ったけど、真城がたのしいならそれはおれが邪魔していいことじゃないから、死なないようにね、うん死なない、って別れるのが常だった。
それで今日だよ。
「もう無理だと思う。俺が悪いんだ」
ジョーが泣いてる。かわいそうに。ジョーは悪くないよ。もちろんパートナーさんだって悪くないよ。誰も悪くない。
「もう南麻布には帰ってない。一ヶ月ぐらい」
「じゃどこで暮らしてるんだよ」
「……中野」
絞り出すようにジョーが答える。真城が鋭くおれを見る。あはは、バレてる。
「うん、おれん家の持ち家」
「おま……」
マタアマヤカシテ。真城の口がパクパク動く。あはは。ごめんね。
おれジョーのこと放っておけないんだよね。子どもの頃からずっと。でもそれは真城に対しても同じなんだけど、彼はそこんとこ気付いてない。鈍感だなぁ。
千羽家の、分家とはいえ千羽の嫡男ってことでどこに行くにも監視が付いて、山にも川にもひとりで行けなかったおれに『世界』をくれたおまえたちはおれの宝物なんだよ。
宝物が傷付いてるのに、放っておけるおれじゃないんだよね。
とりあえず、離婚届にはおれと真城がサインするってことで今日の会合は終わりになった。ジョーがまだ帰りたくなさそうだから、おれは中野に残るんだけど。
「婚姻届には、おまえと俺のお父さんがサインしたのにな」
中野駅の改札前で、真城がぽつりと呟いた。
「変な気持ちだよ」
「……終電行っちゃうよ」
そうかな。おれはそうでもないんだけどね。
ジョーがおれん家──千羽家からなにかと金銭的に援助を受けた件について、未だにもやもやしてるのをおれは知ってる。真城がおれとジョーの仲をいささか不健全だと思いつつ、でも真城もおれとジョーなしじゃ生きていけないってことも、知ってる。
おれ、おれたち3人、千羽真織、代々木丈、真城景一郎は親友だって本気で思ってるんだけど、でもちょっと、壊れてるかな? どうかな? どうなんだろ。
どうでもいっか。
大好きだよ、おれのジョー。おれの景。
おしまい
かげろう 大塚 @bnnnnnz
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