第4話 真城景一郎
チョコレートパフェを食い終えた千羽はたばこ吸いたいなぁなどと呟きながら席を立つ気配はなく(この店は全席禁煙、俺たち全員喫煙者なのに)、チーズケーキを食べもせずにフォークでつついてボロボロにした代々木はまたべしょべしょと泣いていた。こんなにずっと泣いてられるなんて逆にすごい。感心する。俺は映画とかドラマを見てもあんまり泣かない方だし、最後に泣いたのは……いつだろう……お母さんが死んだ時かな。大学生の頃だ。
俺のお父さんとお母さんが離婚したのは、お母さんの病気がきっかけだった。なんていう病気だったかは知らない。教えてもらわなかったから。ただ、お母さんの実家の人たちが、この病気はもう治らないから、景一郎くんにも負担をかけてしまうから、とかなんとか言ってお父さんと俺を追い払ったことだけは今でも記憶に焼き付いている。お父さんとお母さんは、本当は別れたくなかったんだ。
お母さんが亡くなる時、お父さんは本当に十数年ぶりとかで東京にやって来た。クルマを出したのは俺じゃなくて代々木だった。代々木は自分の実家と実家がある土地をひどく嫌っているけれど、それでも実家に何か私物を取りに行かなきゃいけない時があって、そう、そのタイミングだった。ずっと入院していたお母さんの体調が悪化したのは。
新幹線じゃ間に合わなかった。今思うと。当時の俺もそれになんとなく気付いていたんだと思う。それで代々木に連絡した。俺のお父さん拾って東京に来てくれないかって。
「絶対間に合わせるから、景ちゃんはお母さんの傍にいてあげて」
代々木が、俺たち3人の中でもいちばん泣き虫で、体は大きいのに気持ちが優しくて損ばっかりしている代々木が、あんなに力強く思えたのは後にも先にもあの時だけだ。今も目の前でずーーーっと泣いてるし。
代々木はクルマの運転がめちゃくちゃうまくて、高速の渋滞の回避とかも天才的で、お母さんが息を引き取る一日前にお父さんを病院まで連れてきてくれた。お父さんとお母さんがどんな会話をしたのかを俺たちは知らない。でも、お父さんが来たということに露骨に嫌な顔をするお母さんの実家の連中を俺と代々木と千羽でブロックして(そう、千羽も来てくれたんだ。代々木が連絡を取ってくれて。真織がいた方が圧があっていいから──とか言って)、お父さんとお母さんに最後のふたりきりの時間を作ってあげられて、ほんとに良かったなって今でも思ってる。
代々木が結婚しようかなとか言い出したのは、俺のお母さんが死んでから少し経った頃だ。相手は大学の時の先輩。当時は弁護士のインターンをしてるとか言ってたっけ。今は事務所も構えて立派な弁護士先生だ。
親より誰より先に、代々木は結婚しようかなと思っている相手──つまり年上の恋人を俺たちに紹介した。千羽とはすぐに意気投合してた。千羽はちょっとそういうとこがある。人のふところに入り込むのが上手っていうか。俺は、こう見えてそこそこ人見知りをするので、代々木の恋人、という難しいポジションの女性に対して我ながらもじもじしていた。だって代々木だぜ? 泣き虫で優しくて気が弱くて、でもいざとなった時にはめちゃくちゃな行動力を発揮する、幼馴染だけど未だに底が知れない代々木丈。の、恋人。
景ちゃんがあんな風になるなんて意外だった、と有名ホテルの喫茶室での顔合わせを終えたあと、代々木はふにゃふにゃと笑っていた。俺のことなんだと思ってるんだ。
「だって、5股してるじゃん?」
「ああ。今は7股」
「増えたの!?」
信じられないみたいな顔をされたけど、俺に交際を申し込んでくれる女性はなんというかみんな変わってて、付き合ってる子がいるんだけど、と言っても、じゃあその子の次でいいから! とか言って譲らない子ばっかりなんだよな。それで結果的に俺は複数の女の子と同時進行で交際してる。今、代々木の離婚問題に頭を悩ませている今現在は8股。また増えた。
代々木が結婚したのは2年前。25歳の時。結婚式はやらなかった。ちんまりとした食事会だけをした。代々木の親族はひとりも参加しなかった。代わりに千羽一族と、俺のお父さんが食事の席に顔を並べた。不思議だろ?
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